バー・シャマイムの片隅。
慧さまたちは、左之助、マミコと合流した。
「サークル自体は、お笑いの養成所を兼ねたようなもので、不審な点はなさそうだ。ただ、最近入ってきた講師の経歴が怪しい」
左之助は、聞き込んできた事実をそう伝えた。
「さて・・・」
慧さまはグラスを置くと、スールに向かって言った。
「どうやら、怪しげなのはその講師みたいだけど・・・?」
スールは手にしたグラスの中でカラカラと氷を回しながら、
「そいつがおそらく『耳』だ・・・」
「『耳』?」
「『耳』が情報を集めて、『手』が動く、そしてそいつらを指揮しているのが『頭』だ・・・」
「ずいぶんストレートなネーミングですね」斎(いつき)が言った。
「ねえ・・・そろそろ教えてよ・・・あんたが追っかけているのはいったいなんなの?」
「誤った方向に突っ走ってる科学者と、それを私利のために利用しようとしている奴ら・・・」
「!」
「なんで、そんなのと関わることになったのさ?」
「・・・あいつらは・・・」
スールはグラスを一気にあおった。
「オレの大事なものを汚そうとしている・・・」
「大事なもの・・・」
慧さまと斎(いつき)は顔を見合わせた。
時計を見て左之助がいった
「そろそろ奴がサークルを出る時間だ・・・」
「よしっ、行くよっ!」
「ヒヨコ神社」が動き出した。
サークルの練習場から男がひとり出てきた。
ドアの内側に向かってにこやかに手を振っていたが、振り向いたとたん表情は一変した。
左右を見渡し人気のないことを確認すると、襟をたて顔を隠すようにして、背中を丸め早足で歩んでいく。
男は、入り組んだ道を通り抜け、店の入り口から入って裏口に抜ける・・・。そんなことを繰り返していた。まるで追っ手がいることに気づいて撒こうとしているかのように・・・。
やがて、男は左右を見渡し、一軒の建物に入っていった。
建物の周りはしばらく静寂に包まれていたが、やがて、暗闇に4つの目が光った。もう10分たつけど建物から誰も出てくる気配はない。それを見届けると、黒い影が動いた。
(慧にゃたちに知らせるにゃ・・・)
(諾・・・)
2つになった目は、建物をじっと睨みつけていた。
★
建物の中。
帰ってきたばかりの「耳」は「頭」に呼ばれた。
「どう?他にも可能性があるのはいそう?」
「いえ、あそこにはもういないかと・・・」
「そう・・・カリスマ性の高い人材は、あらかた押さえたし・・・そろそろ場所を変えた方がいいわね」
「はっ・・・」
「次は、占い師でもあたってみましょうか・・・相手の攻撃をあらかじめ予知できれば、どんな相手でも負けることはないわね・・・」
「ははっ」
男は踵を合わせて最敬礼する。
「すべては主のために」
「すべては主のために」
「それでは、実験を続けましょう・・・検体をこちらへ・・・」
「ははっ」
耳の男が地下に通じる階段の扉を開けようとしたそのとき・・・
「そうはいかないよっ」
天井から小柄な影が降ってきた。
「!?」
「あんたたちが誘拐犯ね?攫った人たちは一人残らず返してもらうよ・・・」
「貴様・・・何者だっ!」
耳の男がヒステリックに叫ぶ。
「あんたら悪党に名乗る名前は持ち合わせていないよっ」
「な、生意気な小娘風情が・・・」
耳の男が怒鳴る。
その男を押しとどめるように
「ふっ、攫われた人を連れ戻すですって・・・?」
白衣の女は落ち着きはらっている。
「あなたは、ここがどういうところだか知っててやってきたのかしら?」
「の、野分さまっ・・・!」
男の声を無視して、女は続けた。
「ここはただの幽閉施設ではないのですよ・・・」
「さらってくるだけじゃないってこと・・・?」
「あなたは『特異体』のことをご存知なの?」
「何をいってるのっ?」
「通常の人よりも特殊な力に秀でた人を『特異体』と呼ぶの・・・私の任務は『特異体』を集めてその能力を増幅させるための研究・・・」
「力の増幅・・・」
「一番手っ取り早いのは、力のあるものと掛け合わせることよ・・・」
「な、なんですって?」
「つまり、『特異体』とモンスターたちを合成するの・・・そう・・・見ていただいたほうが分かりやすいわね・・・」
「の、野分さまっ、それ以上はっ・・・!」
男が叫ぶ。
「静かになさい・・・この方だって何も知らされずにこの世を去るのは未練が残るでしょ?」
「し、しかし・・・」
「例えばね・・・おとなしいアンガスでも、特異体と合成するとこんなに素敵になるのよ・・・」
女は、壁のスイッチを押した。
「出ておいで、ミノタウロス!」
まず目に入ったのは下半身にぼろぼろのズボンをはいた足だった。それから巨大な斧を持った手が見え、人間のものとは思えない真っ黒な肌が段状に盛りあがった上半身が見えた。そして、その肩の上には真っ黒な牛の頭があった。
「げ、外道・・・」
慧さまが吐き捨てるように言う。
「ミノタウロス、たくさん遊んでおあげなさい」
野分と呼ばれた女は、元人間の魔物に告げると、耳の男とともに地下への階段を降りて行った。
「待ちなさいよっ!」
後を追おうとした慧さまの前に
「ぶもぉおおおぉ」
ミノタウロスが立ちはだかった。
「斎っちゃん!左の字っ!頼んだよっ!」
慧さまは人造ミノタウロスの斧の一撃をかわすと、野分を追って階段を降りた。
「はいっ!」
「・・・任せろっ!」
★
(とは言ったものの・・・)
残った2人で黒牛男を取り囲むが、斎にはどうしていいかわからない。
(さっきまで聞こえていたお姉さまとの会話通りだとすれば・・・目の前で斧を振り回しているのは、誘拐された人間だったってことですよね・・・。)
改造された元人間に攻撃魔法を打ち込むことに逡巡を覚えてしまう。
左之助もまた、斧の攻撃を刀で受け流しながら峰打ちを試みるが、皮膚の厚い魔物にはまったく効果はない。
(・・・活人剣では限界があるか・・・)
ふとリョーコの顔が頭に浮かんだ・・・。
そのとき、
「何をぐずぐずしてる!ヴォルケーノⅡ!」
ミノタウロスは吹き上がる火炎に包まれ、身悶えしていたがやがて動かなくなった。
「!」
「!?」
斎が振り返ると、スールは表情を変えずに
「甘いことを考えていると命取りになるぞ・・・」
そう言うと踵を返して、慧さまを追っていった。
★
慧さまは、暗い通路を走っていた。階段の下は、どうやら地下迷宮に繋がっているようだ。
広大な地下迷宮に逃げ込まれたら、逃がしてしまう。
(急がなきゃ・・・)
慧さまは走りながら、自分の声帯を狭め、人間の可聴レベルをはるかに超えた音域に合わせて、先に建物に潜入したドライを呼んだ。
(ドライ、聴こえる?)
やがて彼方から、返答が帰ってきた。
(けいにゃ、今の位置から北の方向に足音がするにゃ)
(ありがとう)
(それから、囚われていた人たちは、ねこたちがみつけたにゃ・・・)
(お手柄っ!あとから左の字たちが追っかけてくるから、案内してね)
(うん、わかったにゃ)
やがて通路の先に灯りが見えた。
慧さまはスピードを落とさず、そのままドアを蹴破ると部屋の中に転がり込んだ。
そこは、広さはあるが、周りを鉄板で覆われた何もない部屋だった。いやむしろそれ自体がこの部屋の異常性を象徴している。いったいなんのために作られたのだろう。
その部屋の中央には野分だけが立っていた。
慧さまは攻撃に備え、すぐに起き上がって構えを取ったが、予想に反して攻撃はなかった。
「ここまでついてきたあなたに敬意を表して、もうひとつだけ教えてあげましょう」
野分は手をおろしている。
「『特異体』はこれからの戦闘を大きく変えます。実用化されれば、一体の『特異体』は王宮近衛兵一個師団以上の力を持つでしょう」
野分は微笑みを浮かべて続けた。
「私たちは、この『特異体』を実用化する研究に真摯に向き合ってきました・・・。そんな私たちに協力するのが『特異体』として選ばれたものの義務じゃないですか。」
「狂っているわ・・・」
「貴女に理解してもらえないのは残念ですわ」
野分は白衣のボタンを外し始めた。
「私たちはこの研究のためにすべてを捧げています・・・」
白衣の下には何も身につけていない。
「もちろん・・・自分の身体さえも・・・」
肩から白衣を落とすと同時に、野分の身体が変容した。
全身が白く輝いた。手は真っ白な羽に変わり、足には猛禽類を思わせる爪がはえている。
真っ白な人面鳥メガエラ。
野分は自らをメガエラと融合していたのだった。
「キィィイイイイイ」
メガエラは高速で空中を滑空し、慧さまに襲い掛かる。
背中に背負ったブーメランを取って投げるが、高速移動をするメガエラには当たらない。
「くっ・・・」
ブーメランをかわしたメガエラが、突っ込んでくるのを寸でのところで避けたが、立て直したときにはすぐに次の攻撃が襲い掛かる。
鋭い爪に裂かれたら・・・致命傷になってしまう。
気がつくと、慧さまの後ろには鉄の壁が迫っていた。
空中で反転したメガエラが、襲いかかろうとしたとき
「ヴォルケーノッ!」
メガエラの目の前に炎が吹き上がった。
「キキィッ」
炎にひるんだメガエラの動きが止まった。
「今だ!」
頷いた慧さまは、ブーメランを構えて
「一撃必中!」
弧を描いたブーメランは、背中からメガエラを貫いた。
「グギャァアアアア」
絶叫を上げて落下したメガエラに、
「ヴォルケーノ」
炎が襲い掛かる。
白い羽が炎で赤く染まり、宙を舞う。
スールは赤い羽根が乱舞するのを、いつまでも見ていた。
★
慧さまたちは、牢獄に捕らえられていた人たちを手分けして救い出し、地上に連れ帰った。
連絡を受けて飛んできたカッツィが、
「姉ちゃん!」
と、リッツを抱きしめるのを見て、慧さまは、ようやくほっとため息をついた。
そうした喧騒の中、何も言わず立ち去ろうとするひとり。
「ス-ルさんっ、待ってくださいっ!」
斎の呼びかけに、スールは足を止めた。
「私・・・確かに、甘いかもしれませんが・・・」
キッと顔を上げて
「でも、あなたのやり方は納得できませんっ!」
スールは、何も答えず、暗がりの中に消えていった。
おまけ
「野分が?」
いぶかしむように問う声。
「ははっ・・・」
「やむを得まい・・・野分の仕事は引継ぎをあてよう・・・それにしても・・・」
手にした杖が砕けた。
「これ以上、我らの邪魔を許すわけにはいかぬ、・・・浮舟・・・」
「承知・・・」
「すべては我らの主のために・・・」
「「すべては我らの主のために・・・」」
Ep.9 Fin
Special Thanks ペランペラン
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