そしてここにも、星に願いを託すものがひとり。
★☆★
放浪の狂戦士ハイデッカーは困惑していた。
ふとしたことからすれ違いになった幼馴染を探して各地を旅しているハイデッカーだが、南の町ウィルノアへ寄った際に、フェスティバルの話を聞いてファンブルグに戻ったばかりであった。
(人の集まるところにおるんちゃうかなぁ・・・)
宿屋に向かう前に腹ごしらえをしていこうとビアガーデンに寄ったところで、顔見知りをみつけた。
とある事件で知り合った女医エクサリアが、賑やかなビアガーデンのテーブルにぽつんとひとり腰かけているではないか。
あの強気で自信に満ち溢れた女帝のようなエクサリアが、物憂げな表情で座っているのを見て、その場のノリで生きているような西の出身者であるハイデッカーが素通りできる訳がなかった。
「よぉ!」
後ろから肩を叩く。
「えっ?」
ぱあっと表情が綻んだのは一瞬だった。
「なんだ、アンタか・・・・・・」
あからさまに落胆した表情を見せるエクサリア。
「センセー、久しぶりやん。元気やった?」
「・・・・・・あんまりよくはないわね。ただでさえイラっとしてるところに、鬱陶しい奴が現れたから二乗になったわ」
「まぁまぁ、そう言わんと・・・あ、お姐はん、こっちジョッキ2つ持ってきて。あと、枝豆とポテチも追加なァー」
「ちょっと待ちなさいよ、あんたと同席すると誰が言った!」
「なんか腹に溜まるもンも食べたい気分やなァ。なんやなんや、お好み焼きがあるんやん。これ、うっちゃんとこの違うン?」
「ちょっとッ、聞いてンのッ!」
「なになに、1人前1000G?高ッ!姐ちゃん、ちょっとまからへん?」
「・・・誰が『お座り』って言った!」
「空いてるンじゃろ?」
シレっと答えるハイデッカー。
「これから人が来るのよッ!」
「ほなら、その待ち人が来たら帰るよって。はい、『先様(せんさま)はおかわり』ってやっちゃ!」
「私は『のぞきからくり』かッ!」
ハァハァと肩で息をするエクサリアの怒声に周囲の客たちはジョッキを干すのも忘れ、こちらを注視しているが、一方のハイデッカーはニコニコとまったく気にする様子もない。
「おお、久しぶりのご馳走や!」
注文したものが届くと舌なめずりをして一心不乱に喰い始めた。
いくら怒鳴っても無駄と悟ったか、
「フンっ、そんな食べ方をするから『ワン公』だってのよ・・・」
エクサリアは横を向き、持っていたジョッキを飲み干した。
「ビールっ、おかわりっ!」
「ほんで、誰を待っとん?」
グビグビグビ。
ハイデッカーは口いっぱいに頬張ったものをビールで流しこんで尋ねる。
「・・・関係ないでしょ」
ごきゅごきゅごきゅ。
「ないこともないやんか、サータルスやったら久々やし、挨拶くらいせな・・・」
グビグビグビ。
「私が誰を待ってようと、あんたには、か・ん・け・い ないッ!」
ごきゅごきゅごきゅ。
「ヒクッ、ビールっ、おかわりっ!」
3つ目のジョッキが瞬く間に空になる。
「まあええか・・・」
グビグビグビ。
ハイデッカーも空になったジョッキを置いた。
「姐ちゃん、おかわりや」
エクサリアにビールを運んできたウェイトレスが慌てて引き返す。
「ふん・・・・・・」
エクサリアは新しいジョッキを持ち上げ、
「アンタこそ、こんなところで何やってんの」
ごきゅごきゅごきゅ。
「まあ、ええやんか・・・おっと、こっちやこっち・・・」
グビグビグビ。
「フンっ、どうせまた行き違いになってウロウロしてんでしょ?」
ごきゅごきゅごきゅ!プハっー。
「おかわりっ!」
いつの間にか二人は競うようにジョッキを開け始めていた。
★
「あっ、きれいららがれぼひ・・・・・・」
夜空を見上げたエクサリアは手にしたジョッキを軽く上げて、口の中で小さく乾杯と呟いた。
心地よい春風が、酔いでほんのり赤らんだ頬を撫でていく。
でも、せっかくのロマンティックな夜なのに、待ち人はまだ来ない。
(もう・・・、ばかっ・・・、私をこんなに待たせるなんて・・・)
「・・・・・・なぁ」
(・・・カレはなんて言うつもりかしら・・・「待たせてゴメン」・・・ううん、そんな陳腐なセリフじゃないわ、「ごめんよ、ハニー」・・・いやっ、そんな)
エクサリアはふるふると首を振る。
「・・・・・・なぁってば」
(それとも、何も言わずに手を取って・・・いやっ、こんなに待たせたんだからギュッと抱きしめて・・・)
「なあ、センセ、・・・こんな時間やし、もう来ないんちゃうか・・・」
「くりゅっ!」
エクサリアは、さっきから甘美な妄想の邪魔をする声の主をキッと睨みつけ、
「くりゅわ!くりゅにきまってンれしょ、あにょヘタレなサータルスが、うちゅくしい妹の、ファンブルグ一のろクターと名らかいこのわらしの誘いをそれにするわけがらいっ!」
手にしたジョッキを一息にあおった。
「せやな・・・・・・」
十分過ぎる程出来上がったエクサリアの周りには空になったジョッキが山のように並んでいる。
(罪な奴っちゃで、サータルス・・・)
ジョッキを握ったまま突っ伏しているエクサリアを見て、放浪の狂戦士ハイデッカーはため息をついた。
「はよ来てくれればええな・・・サータルス・・・・・・」
☆
「・・・ほら、ろんでるきゃ?」
「ううぅ、もうアカンて・・・」
「ろめ、ろめぇぇぇええええ!」
そんなグデングデンの二人の前に、ようやく待ち人が現れた。
「よぅ、待たせちまったな?」
「・・・おおっ、来おった、やっと来おったがな!!」
「・・・んぁ?」
「ほら、センセしっかりしいや、待ち人の到着や」
エクサリアは顔を上げ、まだよく焦点の合わない目でサータルスを睨み付ける。
「おーーそーーいッ!ヒクッ、いったい、なんじかん、ヒクッ、またせる・・・えっ?」
しかし強烈な違和感を感じて、目をこすり、そしてもう一度見る。
「せや、せや、何があったかしらんが連絡のひとつもいれたらんかい・・・ん?」
ハイデッカーもサータルスがいつもと様子が違うのに気づいた。
編み笠に青の陣羽織。
大刀をしょった姿はいつものサータルスだがその横には・・・。
「!」
「!!」
陣羽織の裾をちょんとつまんでいる幼児がいた。
年の頃は3つ、いや4つくらいか?
子ども用のワンピースに髪飾りをつけた女の子だ。
おどおどした様子で、しっかりと羽織を掴んだままサータルスの後ろに隠れる。
「さ、さ、さ・・・(サータルス!)」
「な、な、な・・・(なんや、その子はッ!)」
驚愕のあまり言葉を失った彼らに、サータルスはいつもと変わらない様子で
「あー、この子な、どうやら私の娘らしいんだわ・・・」
エクサリアは崩れ落ち、ハイデッカーは絶叫した。
続く
[2回]
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