「というわけで、ほとぼりが冷めるまでここにおいて欲しいんだがな」
斎のいれてくれたお茶を飲み干して、茶碗をおくとサータルスは用件を切り出した。
「匿うのはいいんだけどさ、ここも相変わらずキナ臭いんだよね」
「そうなのか?」
「ちょっと派手に動きすぎたせいか、いろいろと目をつけられちゃってさ」
「王宮の衛士とかか?」
「ううん『コーアン』とか『ナイチョウ』とか?」
「なっ、なんだって?警視庁公安部や内閣調査室がヒヨコ神社に目をつけているのか!」
「どこの国の話をしてるのよ、『コーアン』って言ったら『高級アンパン検討委員会』に決まってるじゃん」
「こ、高級・・・・・・なんですと??」
「ちなみに『ナイチョウ』は『内視鏡調査推進会議』よっ」
「・・・な、なんで、そんな団体に目をつけれらてるんだ?」
「わたしが『週に一度はチョココロネ党』の幹部だからね」
「ながっ!団体名ながっ!」
「略して『シューイチ』」
「どっかからクレームが来そうだからやめておけ」
「最近出来た団体だと『拝星講』とかね」
「なんだ?その『拝星講』って?」
「講は知ってると思うけど宗教的結社のことよ。『拝星講』はその名の通り星を崇め敬う結社で、創始者のサラバスティの名前を取って『サラバ拝星講』って言われているわ」
「・・・・・・」
「あ、信じてないね、確かその辺に記録(レコード)が・・・」
「あーー、慧さま?探さんでいいから・・・」
「それにね・・・」
慧さまの顔から笑みが消えた。
「あいつらの残党が活動しているという話もね・・・」
「何だって!」
サータルスも表情を一変させた。
★
かつて「特異点」と呼ばれる特殊な能力を持った人間からDNA情報を抽出し、培養することによって生成したクローン兵士で最強軍を作り、国家転覆を謀った非合法組織があった。
ふとしたことから彼らと関わってしまったヒヨコ神社の面々は、協力してその研究所をつきとめ、襲い掛かる幹部研究員たちを撃破した。
そして結果的に研究所長と彼らの黒幕として王宮の要職に就く者たち数名が拘束された。
これが今から2年前のこと。
「・・・研究対象を人間以外の種にすることで合法性を主張しているようだけど、亜人間なんかも研究対象に含まれているみたいなのよね・・・」
「亜人間・・・」
この世界では亜人間と呼ばれる種族や亜人間との混血も数多く生活している。
サータルスは王立飛び研究所にいるひとりの少女の顔を思い描いた。
そして、自分をダーリンと呼び、まつわりついてくる狸少女のことも・・・。
「うん、だから飛び研のBANX所長を中心に、研究の差し止め運動が起こっているんだ」
「奴らのやっていることは生命の冒涜だ!どんな生命だろうと弄ぶことを許すわけにはいかないッ!」
彼女達の顔が、彼の膝の上ですやすや眠る幼女に重なった。
寝ているはずなのに、小さな手はしっかりと羽織を握って離さない。
★
サータルスは慧さまの目をしっかり見ながら切り出した。
「慧さま」
「ん?」
「この子は何者なのか、私にはわからん。現れ方から考えても恐らく人外のもの・・・いやっ、この星のものですらない可能性が高いと思う・・・」
「・・・」
慧さまは無言で続きを促した。
「私はなんとか、この子を無事に親元に帰してやりたいんだ。慧さま、協力してくれッ、頼む!」
サータルスは頭を下げた。
「・・・・・・」
「・・・慧さま?」
「・・・わかったわ、アンタたちには借りもあるしね・・・手伝ってあげる」
「ありがとう!慧さま・・・」
「そうとなったら、当面、アンタが動き易いようにしなきゃね、左の字、あれ持ってきてッ!」
ゴトゴトという音とともに左之助が運んできたのは、幅60cm、奥行き100cm、深さ80cmくらいの木箱に取っ手と木車がついたものだった。
「何だ?これは?」
「これは箱車っていうのよ、ほらここにね布団を敷いて、座ってもよし、寝かせてもよしで・・・」
「・・・慧さま?」
「・・・それで、ここに旗ざおを指してね・・・・」
「お姉さま、言われたとおりに書きましたけどこれでいいんですかぁ?」
タタタッと斎が持ってきた旗には、
「なになに『お菓子ゆで菓子祭り』・・・う~ん、惜しいけどちょっと違うわね・・・」
「お前ら!遊んでんじゃない!」
「ふぎゃぁー」
サータルスの剣幕に、腕の中の子がむずがッた。
「ほらほら、大声出すから起きちゃったじゃないっ、悪いパパでしゅねぇ・・・」
慧さまは、サータルスの腕から受け取ると、♪使徒、使徒、ピッチャー、使徒、キャッチャ~♪と、意味のわからない唄であやしている。
「でも、名前がないと不便ですねぇ・・・」
斎が首をかしげる。
「名前なんかつけない方がいいって。情が移ると別れが辛くなるわよ」
慧さまの唄が市場に曳かれていく子牛の唄になった。
「やめんかい!縁起でもないッ!」
「彗星から来た子ですから、『彗ちゃん』はどうでしょうか?」
「彗・・・」
「英語で言うならコメ・・・」
パコン。
言いかけた慧さまの頭でスリッパが鳴った。
☆
そんなヒヨコ神社の様子を伺っている目があった。
ひとつは植え込みの中。
「ふふふ・・・こんなところに協力者がいたとは・・・、でも、逃がさない!絶対に・・・・・・」
そしてもうひとつ、植え込みよりも高い樹上にも。
「
ヨウヤクミツケタ・・・」
☆
ノックの音がした。
「こんな時間に誰か・・・?」
左之助の表情が変わった。
「急な依頼者の方でしょうか?」
斎は玄関に向かい、
「は~い、どなたですかぁ?」
とドア越しに声をかけた。
「・・・・・・ですぅ」
何事か伝えようとしているのが、声が小さくて聞き取れない。
「よく聞こえないんですがー、何かご用事ですかぁ?」
「お届け物です、そちらにサータルス様がいらっしゃると聞いて・・・」
今度ははっきりと聞き取れた。声の高さからドアの向こうにいるのは女性のようだ。
「は~い。今、開けますねぇ」
斎がドアを開けると同時に飛び込んできた影。
「アタシを届けにきましたぁぁぁあああああ」
と飛び込んできた一つ目の影は、ミドルティーンの少女の姿をしていた。
「おにぃぃたまぁぁぁぁああああああ、あいたかったぁぁぁぁあああああ」
絶叫する影は、まっすぐサータルスの胸へとダイブした。
「うぉっ」
突然の襲撃に思わず抱きとめてしまったサータルスは、胸にすりすりしている少女の顔を見て顔色が変わった。
「き、貴様・・・・・なぜっ、ここがッ・・・」
「おにぃたまのあとをつけてきたんだもぉぉぉぉん」
「くそっ、人混みでまいたつもりが・・・」
「詰めが甘いね、おにぃたまゎ、でもぉ、そんなところがかわゆすぅぅぅううう」
一層、胸にすりすりする。
「は、離れろっ!離れんか!!」
しかし、慧さま以下ヒヨコ神社の面々は、そんなやり取りは微塵も気にかけてはいなかった。
彼らが対峙していたのは、同時に飛び込んできたもうひとつの影。
それは人間ではなかった。
ヒヨコ・・・しかも特大サイズのヒヨコ-ヒヨコ神社の御神体は高さ1.5メートルくらいあるが、それよりもはるかに大きなヒヨコ-だった。
そのヒヨコはバサバサッと着地すると同時に短筒を構えて言った。
「
オトナシク、オレノ嫁ヲダシテモラオウカ!」
続く
[2回]
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