男たちは互いに顔を見合わせ、にんまりと笑みを浮かべた。
(こうじゃなきゃいけねぇ…)
おとなしく身体を許すような女じゃぁ面白くない。
嫌がる女性の悲鳴や泣き声こそが、外道たちの欲望を煽りたてる絶好のスパイスなのだ。
人影は俯いたまま、顔にあてていた手を下ろして自らの身体を抱きしめる。
小刻みに震えるのを抑えるように…。
獲物を捕らえようと手を伸ばす兄貴分。
ククク・・・
「っ!」
兄貴分の男は伸ばしかけた手をすんでのところで止めた。
つられて包囲網を狭めていた男たちも立ち止まった。
(違う)
ククククク…
泣いてなんかいなかった。
哀れな子羊は声を押し殺して笑っていたのだ。
「この野郎!気が触れたかっ!」
あと数歩。
あとほんのわずかで今宵の獲物が手に入るのに、修羅場をくぐり抜けてきた本能が警告を発している。これはやばいと…。
「笑うのをやめろっ!」
男たちの怒鳴り声にも、笑い声は止まらない。
否。
止まるどころかますます高くなっていく。
きゃははは、あーっはっはっは、ひぃーひぃー、
もう泣きまねしていたことを隠そうともせず、笑い転げる人影。
それを取り囲む男たちは呆然として、声も出ない。
「・・・あーあ、苦しかった・・・」
ようやく笑うのを止めた人影は顔を上げた。
年の頃は14、15歳といったところか。
後頭部で束ねて後ろに垂らした漆黒の髪。
笑いすぎて涙を浮かべた切れ長の目。
ちんまりとまるまった鼻。
柔らかそうな唇からのぞくとがった八重歯。
丸みを帯びた顔立ちは、愛玩動物の愛らしさと同時に肉食獣の剣呑さを感じさせる。
しかしながら、よく見ると彼は女性ではなかった。
女顔ではあるが、眉や眼差しに少年らしい凛々しさが見える。
「てめぇ、男かっ!」
兄貴分が吠える。
「もう、途中から笑いこらえるの大変だったんだから・・・」
その声は、ハスキーな女性とも、声変わりする前の少年のそれとも取れた。
少年は恨みがましい目で、男たちを睨む。
そして、スカートのポケットからガサゴソと何やら紙切れを取り出すと、
「え~と、『手配書 山賊ボッシュ他4名・・・強盗殺人容疑、強姦致死容疑その他諸々・・・以下略ッ』ということで、あなた方を逮捕して、当局に引渡しますので、大人しくついて来た方がいいよ?」
そう言って、にこっと笑った。
「何を抜かすかと思えば、このガキは・・・」
「ふざけるなッ!」
「手前ェの周りをよく見やがれっ!5対1でどうにかなると思ってるのかッ!」
「お前はよ、ここで死ぬんだゼ」
「あーあ、せっかく穏便に解決しようと思ったのに・・・」
と言いながら、少年の表情は特段残念そうでもない。
「野郎ォ!」
いきなり前と後ろから襲い掛かってきた。
挟み撃ちにしようとした男たちの頭上をくるくるっと回って飛び越えると、振り向いてスッと立つ。
今までのほわんとした雰囲気が一転した。
「フン、情状酌量の余地なしだな・・・」
男たちを睥睨する眼差しは酷薄で、暴虐の限りを尽くしてきた犯罪者たちでさえもたじろいだ。
「貴様らの罪、数えるがよい」
その瞬間、少年の身体は5体に増殖した。
「な、なんだとぉ」
「ふ、増えたぁ」
逆光の中に浮かび上がった5人の少年。
身長は160cmほど。
多少の体系の違いはあるが、姿かたちが似ているところは兄弟なのかもしれない。
口元だけが開いたフルフェイス型のヘルメットと体にフィットしスーツに身を包んでいる。
違っているのは、その色と手にした武器だった。
巨大な斧を担いだ赤いスーツが前に出た。
「ひとぉーつ 人の世にはびこる悪人どもを」
腕組みをした青いスーツが呟く。
「ふたぁーつ 不幸な運命(さだめ)に泣く人たちを」
拳を打ち鳴らしながら緑のスーツが見得を切った。
「みぃっーつ 見てみぬ振りなんてできないのさ」
黄色のスーツが刀を構え、
「よぉっーつ 世直し、大掃除」
「いつぅーつ 命の限り、闘いますッ!」
そして、セーラの服を脱ぎ捨てた紫のスーツが華麗に舞った。
「「「「「バウンティハンター(Bounty hunter)クロネコ5、ただいま見参!」」」」」
男たちはちょーんと高らかに鳴った拍子木の音で我に返った。
「ふ、ふざけやがって!」
兄貴分は唾を飛ばしながら喚く。
「皆殺しだぁ!!」
「うぉぉおおお」
得物を手に突っ込んでくる薄汚い男たちの頭上を、5人のカラフルな少年たちが次々と軽やかに跳び超えていく。
巨大な両刃斧を持った赤いスーツの少年は、賊の一人が打ち込んでくる鉈を十合ばかり受け止めながらにやりと笑った。
「今度はこっちからいくぜェーーー」
両手で持った斧を水平に差し出して、そのままハンマー投げの要領で踵を基点に回転を始める。
始めはゆっくり。次第にスピードが上がっていき、やがて刃先が見えないほどの勢いで回転となる。
それは、近づくものすべてを切り刻み打ち砕く巨大な粉砕機と化していた。
男は慌てて間合いを取ろうとするが、回転の勢いに巻き込まれていく。
一歩、また一歩。
とうとう、男の持っている鉈が手から離れた。
バリバリ、グシャ
一瞬の破壊音で鉈は粉々になった。
「うわぁあ・・・死にたくねぇ・・・助けてくでぇ」
男はとうとうその場にひれ伏し頭を抱えた。
「ははは、これがアイン様の必殺技、『バステトの死の舞踊(The Death dance for the Busteth)』だ。恐れ入ったか!」
回転を止めた赤いスーツの少年は胸を張った。
青いスーツの少年は眼を閉じたまま、右に左にナイフをよけている。
「野郎、くたばりやがれっ!」
顔面に向かって突き出されたナイフを紙一重でかわして賊の正面に立つと少年は何かを呟いた。
その瞬間、賊の目は青いマスクの下、唯一露出している少年の唇に釘付けとなった。
細い声ではあったが、少年の言葉は耳を通じて男の脳にしっかりとインプットされていく。
もう、男の目には唇しか映っていない。
どんどんどんどん・・・。
少年の声は奔流となって男の聴覚から脳へ伝わる神経回路に大量のデータとして流し込まれていく。
やがて男の動きが止まった。
少年が何事か囁くたびに、それまで血走っていた男の目から光が失われ、口の端からは涎が垂れ、ナイフを振り回していた手は力なく垂れ下がり、膝から力が抜け、やがて枯れ木のようにどうと倒れた。
これこそが自らの音声をデータと化して大量に流し込み、相手の脳の負荷を限界まで上げさせ、時には破壊するツヴァイの必殺技だ。
「『チェシャ猫の囁き(The Cheshire cat's Whisper)』・・・」
サムアップした青い少年の笑顔は、まさしくチェシャ猫のそれだった。
大柄な賊が剣を振り回す後ろから、ボウガンを構えた男が射掛けてくる。
拳を武器とする緑スーツの少年にとっては、なかなか間合いを取ることが難しい相手であった。
そこへ、宙を舞って降りてきたのは紫色のスーツ。
他のスーツと違って、このスーツだけは腕と胴の間に薄い皮膜がある。
この皮膜を使って、ムササビのように滑空できるのだ。
慌ててボウガンを向ける賊に、
「遅いよッ!」
紫スーツは両足を揃えてボウガンの男を蹴りつけた。
そのまま反動で再度舞い上がると、なんと空中で反転し、そして、のけぞった男をもう一度蹴り上げる。
絶叫を上げた男は大の字のままで吹っ飛び動かなくなった。
「みたか、『ペロの長靴キ~~~ック(Boots kick of Perot)』」
「フュンフ、助かったぜ!」
緑スーツの少年は、咆哮とともに拳を合わせ力をこめると、猛然と大剣を持った男にラッシュした。
「いやぁたぁぁぁああああああああああ」
拳のスピードが速すぎて、よけることも叶わず、賊はサンドバック状態となる。
緑のスーツが離れ、
「どうだ『ケットー・シーの肉球地獄(Cait Sith's Meatball Hell)』の感想は?」
もちろん賊は答えることもできずにどうと倒れ伏す。
仲間が次々と倒されるのを見た兄貴分こと山賊ボッシュの顔は怒りのあまり赤黒くなった。
「手前ェら、全員ブッ殺してやる!」
手にしていたククリナイフを舐めた。
「このナイフはな、一度抜いたら血を吸わせてからでなければ納刀できねぇんだよォ・・・」
ガハッと笑うと
「これからたっぷり吸わせてやるぜェ!!」
そう叫んで、腰に刀を下げた黄色いスーツの少年に突き出した。
しかし・・・、
黄色いスーツには、当たらなかった。
突き出したナイフは、その先にあったはずの身体を空気のようにすり抜けた。
「な、なんだとォ」
ボッシュは、ナイフを突き、振り下ろし、なぎ払ったが、いずれも手応えはなかった。
「貴様、沖田総司という剣士の話を知っておるか?」
黄色い少年が尋ねる。
「し、知るわけねェだろう!!」
「総司が死ぬ寸前、戯れに庭にいた黒猫に剣を向けたが、黒猫はなんということもなく総司の剣をかわしたのだ・・・」
「な、何をいってるんだ手前ェ・・・」
「総司ほどの剣の達人でも黒猫を切ることは叶わなかったのだ・・・、つまり」
黄色いスーツはビシっと指をさした。
「貴様程度の腕じゃ我らは切れぬ!」
「い、意味わかんねェェェエエエエエ」
突進してきたボッシュと交差した瞬間、少年の刀が煌いた。
「クロネコ流奥義『クロの真剣見切り(Kuro's limit Point)』・・・」
ククリナイフは音を立てて砕け、ボッシュはきりきり舞いして倒れた。
「ふっ、つまらないものを切ってしまった・・・」
そう呟くと、黄色の少年は刀を鞘に納めた。
★
「これで終わったか?」
賊たちを縛り上げた赤い少年が、ヘルメットのバイザーをあげる。
無言で頷く青い少年。
「それじゃあ、そろそろ・・・」
「元の姿に戻るか」
「そうだねっ」
紫のスーツがピョンピョン跳ねる。
「「「「「せーのッ!!」」」」」
BOM!
あたりに立ち込めた白煙が消えると、そこにいたのは浅黒い肌の小柄な少年たち・・・というよりちびっ子たちだった。
「それじゃ、いくにゃ」
「諾」
「おう」
「にゃう」
「・・・にゃう」
真っ暗になった野を駆けていく5人。
アイン
ツヴァイ
ドライ
フィーア
フュンフ
クロネコ5再び・・・。
続く
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