その夜・・・。
リセリア城の中庭、「ハウト大曲馬団(サーカス)」のテントの周りは、すっかり人がいなくなっていました。
ついさっきまで、サーカス見物を終えたたくさんの人でごった返していたのに、今は時折警備の衛兵が通るくらいで、人通りはほとんどありません。
私達は、衛兵の巡回をやり過ごすと、打ち合わせ通り、それぞれの所定の位置へ向かいました。
私は、左之助さんと一緒に、公演用の大テントに併設された倉庫用テントの方に回りこみました。
倉庫用テントの中は、サーカスで使う小道具等が所狭しとおかれていました。
その中から、お姉さまに言われたものを探さなくてはなりません。
左之助さんに見張ってもらいながら、それがありそうな場所を手当たり次第探してみました。
「見つけました・・・!」
ようやく目当てものを探し出すと、左之助さんに合図しました。
上から布を被せられた5尺四方くらいの箱状のもの。
布の覆いを取り除くとそこから現れたのは鉄の棒を組み合わせた檻でした。
多分、猛獣を運ぶのに使われるのでしょう。
そして、その中に捕らえられていたのは猛獣ではなくて、縛られて猿轡をされたリョーコさんでした。
左之助さんは、頷くと腰に差した刀を構え、
「はっ!」
気合一閃、左之助さんの刃がきらめくと、檻の入り口についていた南京錠はかたりと落ちました。
扉を開くと、左之助さんは中に入り、リョーコさんを抱き起こして、首筋に手をあて
「大丈夫・・・気を失ってるだけだ・・・」
「・・・よかった・・・」
リョーコさんを檻から運び出して、猿轡を外し、いましめを解きます。
「リョーコっ!、リョーコっ!!・・・」
左之助さんの呼びかけに、リョーコさんはゆっくりと目を開けました。
「・・・大丈夫かっ?」
左之助さんの問いかけに
「・・・後をつけられてたんだね・・・帰ってきたとたん当身をくらって、このざまさ・・・」
「とにかく、ここを出ましょう」
私は二人をせきたて、倉庫を出ようとすると、
「おっと、勝手にうちの団員を連れ出していただいては困りますな・・・」
倉庫の入り口には、団長とサーカス団員・・・いや、サーカス団に扮した暗殺部隊が、集まっていました。
★
「我々の公演は明日がフィナーレ・・・。無事に勤め上げるために、邪魔するものは排除させていただこう・・・いけっ!殺人サーカスの精鋭たちよっ!」
団長が声をかけると、後ろに控えていた団員が、それぞれ得意な武器を手に間合いを詰めてきました。
棍棒を手にした軽業師、両手に黒い鞭を持った猛獣使い、キラリと光る金属性のカードを持った奇術師、たいまつを手にした人間ポンプ・・・。
じりじりと後退しているうちに、とうとうテントの端に追い詰められてしまいました。
「ははは、もう逃げ場はないな・・・やれっ!!」
団長が号令をかけた瞬間・・・、
「こっちよっ!」
テントの壁が切り抜かれ、お姉さまが顔を出しました。
私たちは、くり貫かれた穴を抜けて、舞台のある大テントの方に逃げます。
「待て~~」
団員たちが追っかけてくるのを確認しながら、
「かかりましたね・・・」
私は、横を走るお姉さまにウインクしました。
※)ここで、雰囲気を楽しみたい方は、下のBGMを再生してみてください。
★
大テントに飛び込むと、中は真っ暗です。
リョーコさんを舞台の陰に隠すと同時に、テントの入り口のところに追っ手の気配を感じました。
「馬鹿なやつらよ、テントは俺達のホームグラウンド・・・有利なのがわからないのか」
最初にテントに入ってきたのは、棍棒をジャグリングする軽業師。
「そうかしら?」
その前に立ったのは、白衣のようなローブをまとったエクサリアさん。
エクサリアさんは、ポケットに手を入れたまま、振り下ろされる棍棒を右に左によけています。
「くらえっ!スタンスマッシュ!」
ひときわ大きいモーションで、振り下ろされようとした棍棒が空中で止まりました。
「こ、これは・・・」
「痺れ薬よ」
いつの間にかポケットから出した手には、空になった薬瓶が握られています。
そう、医者のエクサリアさんは、いつもポケットにお薬を持っているんですよね。
「しばらくの間、おとなしく寝ててね・・・」
首筋に注射を打つと、軽業師はその場に崩れ落ち、大きないびきをかき始めました。
「きえぇぇええ」
そのとき、ひゅっと音がして、エクサリアさんの持っていた注射器が巻き上げられ、空中で破裂しました。
「危ないっ!」
さらに飛んできた攻撃を、エクサリアさんは転がってよけました。
「黒色の鞭ね・・・」
闇の中から飛んでくる黒い鞭の攻撃に、エクサリアさんが苦戦しているとみるや、
「ねこたちにまかせるにゃっ!」
アインさんが叫びました。
「号」
「悪人たち、呪われるがいいにゃ!」
「ふゅんふ、あれをだすにゃ」
フィーアさんが言うと
「うん」
フュンフさんがポケットから出したのは、色とりどりのカラーボール。
アインさんが、
「みいねえ、いくにゃっ」
声をかけると同時に、カラーボールを空中に放り投げました。
「まかせてっ!乱射 初!」
夜目が利くみいちゃんが射った矢はカラーボールを貫き、中に入っていた絵の具がテントの中に降り注ぎます。
「!?」
黒装束と鞭が斑に染まり、猛獣使いの姿が現れると、
「「「「「うにゃぁ~~~」」」」」
黒猫さんたちは、四方から飛びかかりました。
しばらく、争っていたようですが、やがて
「虐げられた動物たちの仇を討ったにゃ~」
テントにアインさんの声が響き渡りました。
一方、弓を持ったみいちゃんは、矢を番え直すと、追っかけてきた奇術師に向き直りました。
「動かないで下さい」
「お嬢ちゃん、そんなぶっそうなもの、下ろしな」
ふふっと笑うと、奇術師は、鉄製のトランプを扇状に広げエースのカードを取り出して、ひゅっと投げました。
「これはキラーカードといってな、俺の命ずるまま全てを切断して戻ってくるのさ」
クルリと弧を描いたカードを二本の指で受け止めると同時に、天井の梁から吊るされていたロープが1本切れて落ちました。
「お嬢ちゃん、見たかい?・・・俺はこの殺人サーカスのエースなのさ」
嫌らしい笑みを浮かべ、ひらひらとエースのカードを振る奇術師は、構えを解かないみいちゃんを見て、肩をすくませました。
「言ってもわからないなら、お仕置きが必要だな・・・」
と言うと、
「はっ!!」
キラーカードをみいちゃんに向かって投げつけました。
「一射入魂!」
みいちゃんの放った矢は、カードを貫き柱に刺さりました。
「くっ・・・」
奇術師は、次々とキラーカードを投げます。
「乱射 練!」
矢は、1枚漏らさずカードを射抜いただけではなく、奇術師の服を貫き、壁に縫い付けてしまいました。
みいちゃんは、奇術師が動けなくなったのを見ると、おでこのあたりを狙って硬質ゴムのやじりのついた矢を放ちました。
そして、がくっと頭を垂れた奇術師に向かって言ったのです。
「ごめんなさい・・・でも、私も悪人退治のエースなんですよ?」
その頃、お姉さまは、たいまつを手にした人間ポンプと対峙していました。
人間ポンプが口に含んだ油を吹きかけると、まるで火炎放射器のように炎が上がります。
炎が大きくて、思うように自分の間合いに入ることができないようです。
何度も接近を試みても炎の壁に戻される・・・そんな攻防が続いていましたが、お姉さまは、人間ポンプが燃料を口にする一瞬の隙を見逃しませんでした。
「いまだっ」
一瞬で間合いを詰めたお姉さまの掌底が人間ポンプのあごを捉え、思わず吐き出した燃料にたいまつの炎が引火してたちまち火だるまになりました。
「ぐわぁ・・・」
のたうちまわる人間ポンプから離れ、
「左の字、団長を捕まえてっ!」
「承知!」
形勢不利と見て逃げ出した団長を追いかける左之助さん。
私も後に続きます。
「煌(きらめ)きよ、その意を示せ!インフェルノ!」
覚えたばかりの範囲魔法で、炎の壁を作ると、団長の足が止まりました。
「ま、待てっ・・・な、見逃してくれたら、大人しく帰る・・・もう2度とファーレンには来ない・・・約束するっ、あの女も渡すから・・・」
そのとき、後ろから声が・・・。
「左之助、そいつは、私にやらせてくれ・・・」
「リョーコ!」
「そいつは、私を脅迫するためにヤマユリの里に猛獣を放った・・・」
リョーコさんは、足を引きずりながらこちらに歩いてきます。
「なにっ!」
「ヤマユリたちやハウトの民を人質に、私にファーレンでの仕事をさせようとしたんだ・・・」
まっすぐに団長を睨みながら、一歩づつ近寄っていきます。
「・・・そうだったのか・・・」
「数々の悪行、天が許してもこの私がゆるさない・・・」
リョーコさんはナイフ構えました。
「やめろっ」
左之助さんは叫びました。
「殺してはいかん!」
首を振ったリョーコさんが、ナイフを振り下ろそうとした時、左之助さんが動きました。
「迅速果断・・・」
崩れ落ちるリョーコさん・・・。
左之助さんは、振り向きざまに、団長のみぞおちを刀の柄で突いて、昏倒させました。
「リョーコさんっ!」
私は、すぐにリョーコさんに駆け寄りました。
ぐったりしているけど、息はあるようです。
左之助さんの方を振り返ると、
「峰打ちだ・・・」
刀を鞘に納めました。
団員達を縛り上げ頃には、テントの外が賑わしくなってきました。
どうやら、誰かが騒ぎを通報したようで、衛兵達がやってくる前に、私達は三々五々「お社」に向ったのでした。
★
それから数日後・・・。
私たちは、左之助さんと、ハウトに帰るというリョーコさんを西門まで送っていきました。
「左の字、なんならハウトまで送っていってもいいんだよ?」
お姉さまが言うと、
「左之助、一緒に帰らないかい?」
リョーコさんも左之助さんを誘いましたが、
「ああ・・・」
左之助さんは、困ったような表情を浮かべて、
「リョーコ、俺が帰る場所は、ハウトではないんだ・・・」
リョーコさんは、唇をかみ今にも崩れそうな表情で俯いていましたが、
「そうかい・・・」
顔を上げたときには、笑顔を作って言いました。
「いつでも来なよ・・・今度来たときには・・・」
左之助さんの胸をコツンと叩いて、言ったんです。
「人の斬り方教えてやる」
おまけ
「・・・という、わけだったんですよ。」
斎さんが話し終えた。
(そっか・・・、俺が留守にしてた間にそんな活劇みたいな出来事があったんだ・・・)
全身を包帯にくるまれて、身体を動かすことどころか、口を開くこともできない俺は目で驚嘆の意を伝えようとした。
しかし、斎さんは俺がパチパチと瞬きをしているのを見て、
「あっ、すいません、長話してしまいました・・・疲れちゃいましたか?」
(違うって・・・)
首を振ろうにも、固定されて動かせない。
「ごめんなさい、またお見舞いにきますね」
斎さんはぺこりとお辞儀をする。
(いや、待って・・・別に、焦って帰らなくてもいいから・・・)
「ふん、もう、こなくてもいいにゃ・・・、それより、はやく きゃふぇ いこう・・・のどがかわいたにゃ」
(くそっ、フィーアのやつ、覚えてろよ・・・)
二人は病室を出て行き、俺は独り残されてしまった。
(くそっ、それにしても、惜しかったなぁ・・・そうだ・・・!治ったら、今度は左之助の旦那も一緒に行ってもらおう)
全く懲りていない男がここにいた。
Ep.8 Fin
[4回]
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