こんにちは、斎(いつき)です。
お待たせしちゃってごめんなさい。左之助さんのお話の続きです。
『ハウト大曲馬団(サーカス)』を観に行った私達は、すご腕のナイフ投げのリョーコさんの技に感嘆しました。
目を閉じていても、頭に載せたリンゴを打ち抜く腕前に驚いたのですが、驚くことはそれだけではありませんでした。
ひとつは、リョーコさんは左之助さんと旧知の仲だったこと。
もうひとつは、左之助さんから発せられた「誰を殺しに来たんだ?」という言葉。
ええっ、リョーコさんは殺し屋なんですか!?
「で、いったい誰を殺しに来たんだ?」
という左之助さんの問いかけに、
「ふっ、すべてお見通しってわけ・・・」
リョーコさんは、天を仰いで嘆息しました。
それから、リョーコさんは静かに語り始めました。
「シルトとファーレンの国交が始まって、1年余りかぁ・・・」
南方のハウト地方からシルトの首長を代表とする使節団が訪れ、その時もいろいろなことがあったみたいですが、民間レベルでの行き来ができるようになったのは、割と最近のことなんですね。
そのおかげで、左之助さんとも知り合いになれたし、みいちゃんとも友達になれたんですが・・・。
「ハウト地方にはね、シルト以外にも集落はあるんだ・・・左之助も知ってるようにね」
左之助さんは無言で頷きました。
「ハウトは決して一枚岩ってわけじゃない・・・。そういう集落の中には、シルトだけがファーレン王国と国交を結び、力が強固になっていくんじゃないかと疑心暗鬼になっているところもあってね・・・」
うん、それはわかるような気がする・・・。
いろいろな考えの人がいるのは当たり前だし、そういう不安感もわからなくはないです。
「そうすると、表立っては反対を表明はできないから、間接的な妨害工作を考えるやつらも出てくるわけさ・・・」
それって・・・顔ではニコニコしながら、お互いの足を掬おうとしてるってことですか!?
「シルトとファーレンの関係が悪化するようなこと・・・たとえば、ファーレンの王族の誰かが、親善のために訪れたシルトのサーカスを鑑賞中に不幸な事故で亡くなったりしたらどうなるかな?」
「・・・」
「それだけでは何も起こらないかもしれない・・・でも、そういうことが繰り返し起こったら?実際にはそうでなくても、要人が暗殺されたなんて噂が広まるだけでも、関係にひびが入りかねないよね」
まだまだ始まったばかりの、両者の関係です。そんなことになったら、国交の破棄どころか、最悪の場合、ハウト地方との全面戦争にもなりかねません。
「誰を狙っている?」
左之助さんは、足元を見つめたまま尋ねました。
「言えないわね」
リョーコさんは、ふっと笑みを浮かべ答えます。
「止めることは?」
「できない相談ね」
「どうしても、やるというなら・・・」
左之助さんは、はっきりと言いました。
「全力で阻止する・・・それがたとえあんたの仕事を邪魔することになっても・・・」
「ふっ、できる・・・?」
リョーコさんの口調は決して挑発するようなものではなく、素直な感慨のように聞こえました。
「ああ、やらなければいけないな・・・」
「左之助・・・強くなったね」
しばらくの間、二人は黙ってベンチに腰掛けたまま、噴水を眺めていました。
「・・・もう話は終わった?」
リョーコさんはベンチから立ち上がると、歩みかけて思い出したように振り向きました。
「・・・百合姉ぇは元気にしてる?」
「・・・ああ」
「そう・・・」
ふっと笑うと、
「私のトロピカルエミルは猛毒を持っているわよ・・・」
「・・・」
「戦うんだったら、毒消しを忘れないようにね・・・」
リョーコさんは、片手を上げるとそのまま去っていきました。
★
左之助さんは、座ったまましばらくリョーコさんが去った方向を見つめていましたが、
「斎さん、そこにいるんだろ?」
私に声をかけました。
私は、がさごそと茂みから這い出すと、左之助さんの横に立って、
「ご、ごめんなさいっ!!、左之助さんが、出て行くのが見えて、なんか気になっちゃって・・・、本当に、ごめんなさいっ!!」
頭を下げました。
「・・・いいさ」
そう言った左之助さんは、先ほどとはうって変わって、穏やかな表情をしていました。
「斎さんには、ちゃんと説明しないといけないな・・・」
そういうと左之助さんは、昔の話、リョーコさんとの関係について説明してくれたんです。
★
気がついたときはジャングルの中だった。
御用の帰りで内藤新宿から麹町に向けて歩いていたはずなのに、下帯・・・といっても、斎さんはわからないだろうな・・・。下着一枚で放り出されていたんだ。
もちろん脇差なんかもなかったし、紙入れや印籠なんかも一切合財なくなっていた。
この辺は斎さんも、同じだったんじゃないかな?
しばらく周りを探したが何もみつからず、途方にくれていた。
動物の鳴き声らしきものは聞こえたが、自分が聞いたことのある野犬や猫のものではなかったから、すっかりおじけづいてしまったよ、丸腰だったしね。
そのときは「召還」などという言葉も知らなかったから、自分は神隠しに合って、仙境にでも紛れ込んだんじゃないかと思ったよ。
やがて、腹も減ってきたし、人家でも探そうと、方角もわからないままジャングルの中を彷徨い歩いた。
木からしたたる水で口を潤し、木の実や木の葉などで飢えを凌ぎ、3昼夜ほどたったとき、ようやく火を燃やしていると思われる灯りが見えたんだ。
火は、ちょうど狩りにきていたハウトの集落の猟師たちの野営の焚き火だった。
久しぶりに見る人の姿に安心したんだろうな・・・、野営地に着いたとたん気を失って、意識を取り戻したのはさらに1昼夜が過ぎてからだった。
こうして自分は、ハウトの一集落の民に助けられ、彼らと行動をともにするようになったんだ。
リョーコは、その集落でも名うての狩人だった。
体力が戻ってからは、ただ食わせてもらうのも気が引けたので、リョーコの狩りを手伝うようになっていた。
一応、剣術だけではなく、弓や小太刀のたしなみもあったので、足手まといにならない自信はあったが、やはり生きている動物を相手にするのは勝手が違う。
せっかく追い詰めた獲物に止めをさせずに、よく叱られたもんさ。
彼らは、狩りだけではなく、コヤマユリやコカタクリなんかの植物を大事にし、近くにあるヤマユリの里の守護者でもあったんだ。
自分が一緒にいる百合姉ぇは、もともとリョーコが捕獲して使っていたのを譲り受けたものさ。
パートナーを使った戦い方、パートナーへの指示の出し方なんかも、リョーコから叩き込まれた。
そうしてかなりの日数がたった。
ハウトの住民としても、猟師としても、リョーコのパートナーとしても、なんとかやっていけるようになっていた。
そうやって、いつまでも、ハウトの民たちと一緒に暮らすことも悪くない・・・。そう思えるようになった頃、状況が一変したんだ。
ファーレンとの行き来が自由にできるようになり、ファーレンから来た冒険者たちから、召還の話を聞いた。
神隠しなんかではなく、人の意思によってこの世界に連れてこられたのなら、元の世に戻ることだってできるのではないか・・・。
そう思い始めると、いてもたってもいられなくなった。
国許には年老いた両親もいる。
やはり自分は元の世に戻ることを諦めるわけにはいかないと思った。
いろいろ悩んだ末、ある晩、リョーコに相談した。
リョーコは、「好きにすればいいさ・・・」と一言だけいうと、出て行ってしまった。
集落を出ることを決心して、長をはじめ村のみんなに別れを告げたときも、リョーコだけは顔を見せなかった・・・。
★
「そうだったんですか・・・」
「それから、風の噂でリョーコが集落を離れたらしいということは聞いたが、まさかな・・・」
「左之助さん!リョーコさんの話、どう思いましたか?」
「・・・自分は、あいつがひと殺しをするとは思わない」
左之助さんはきっぱりと断言しました。
「きっと、無理やり仲間にさせられたか、断れない事情があるはずだ・・・」
「はいっ!」
「それに・・・いくら昔なじみだからといって、大事な秘密を簡単に漏らすのは解せぬ・・・問われたときに知らぬ存ぜぬで通すこともできたのに・・・」
「あっ、ひょっとすると・・・左之助さんに知らせて、止めてもらいたいのではないでしょうか・・・」
「・・・そうかもしれない」
左之助さんは困ったように、
「しかし、狙われているのが誰かわからなければ・・・」
「大丈夫です、王族達を狙うとすれば、一番チャンスの多いのは、向こうがやってくるタイミング・・・、つまり御前公演の日だと思います」
「明日の夜か・・・」
左之助さんは少し考えていましたが、
「・・・自分はあいつに助けられた。この世界で生きてこれたのもハウトの民と、リョーコのおかげかもしれない・・・。そんな大恩ある彼らを不幸にするわけにはいかないな・・・」
「そうですよねっ!お姉さまやみんなに手伝ってもらいましょう!」
「しかし、相手は・・・」
殺しのプロたち・・・と言おうとしたんでしょうね、でも、左之助さんひとりだけを行かせるわけにはいきません。
「大丈夫!私達もお役に立ちます。絶対に止めてみせますっ!リョーコさんを助けなきゃっ!」
私は胸を叩きました。もちろん勝算があるわけではなかったんですけどね・・・。
★
その日、左之助さんはお姉さまやみんなに、これまでのことを話しました。
話を聞き終わったお姉さまは、みんなを見渡して、
「左の字の恩人は、私たちにとっても恩人・・・。それにハウトと揉めるようなことがあったら・・・」
不安そうな顔をしたみいちゃんに、微笑みかけながら
「大丈夫・・・決してそんなことはさせやしない・・・」
「はい・・・」
お姉さまの笑顔はとても頼もしいものでした。
お姉さまは、しばし考えてから、
「左の字、急がないとリョーコさんも危ないかもしれないよ・・・」
「・・・うむ・・・、自分もそう思う・・・」
「リョーコさんが見張られていたら、密会したことは仲間に筒抜け・・・内通者の疑いをかけられているかもしれない・・・」
「そ、そんな・・・」
つい、大きな声を出してしまいました。
「急がなきゃ・・・」
お姉さまは、紙に何かしたためると封筒に入れて、アインさんを呼んで手紙を託しました。
「これっ、頼んだよ、できるだけ早くね」
「まかせるにゃっ!」
手紙を咥えたアインさんは、四足で飛ぶように駈けていきました。
しばらくして戻ってきたアインさんは、一通の手紙を渡しながら、
「『これで借りは返しましたよ』って言ってたにゃ・・・」
と言いましたが、いったいなんのことだったんでしょうね・・・。
返事を読んだお姉さまは、うんうんと頷くと、みんなを呼び寄せ、
「こらからの作戦を伝えるね・・・」
と説明を始めたのです。
後篇に続く
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