フレイヤ大陸のとある場所。市街地から離れた丘陵に先人達の眠る地があった。
墓標はいろいろな宗教が入り混じるこの地らしく、形も様式もまた様々であるが、そこに託す思いはひとつ。
Rest in Peace (安らかなる眠り)
その墓標の前には、いつも新しい花束が供えられていた。
(あれからもう1年以上立つのですね・・・)
すでに置かれていた花束の上に自分の持ってきた一輪の花を乗せて、跪き頭を垂れた。
(王都は、きな臭い雰囲気が漂っています・・・。)
顔を上げ持っていた杖を胸の高さまで持ち上げて、
(あなたが護ろうとしたものは・・・私がきっと・・・)
そのシルエットは、もう一度黙祷を捧げると、ローブを翻してセメタリーをあとにした。
ファンブルグ名物の露店。
東地区の大通りは朝早くから荷物を持った人が行きかう活気あふれたストリートである。
東門の方から、たくさんの薬草を詰めた大きな籠を持った女性が歩いてくる。
四つ角に差し掛かったとき、いきなり馬に跨った兵士が飛び出してきた。
「!」
危ない!と誰もが思ったとき、
「にゃうっ!」素早く飛び出した小柄な影が、女性の手を引いた。
「きゃっ」
よろける女性の傍らを駆け抜けていく馬と兵士。
「ばっきゃろ~~気をつけろぃ!」
兵士が怒鳴ると、
「うぅぅぅぅ、なんてやつにゃ!神ばちゅ くりゃええ!」
影は杖を振り上げた。
その怒りが届いたのか、いきなり馬が急停止して、馬上の兵士は放り出された。
「ざまぁみるにゃ!」
あかんべーをすると、女性に向かって、
「うちゅくちい おじょうしゃん、おけがは ありましぇんか?」
と尋ねた。
「ありがとう・・・ぼうや・・・、でもせっかく摘んだ薬草が・・・」
途方に暮れる女性。
すると、傍らから声がかかった。
「薬草の籠ならここにありますよ、レディ・・・」
籠を抱えてニカッと笑う爽やかな笑顔。
女性の手を取っていた小柄な影を押しのけながら、その影だけに聞こえるように、
「ふっ、あい変わらず、詰めが甘いな。」
という。
「にゃっ、にゃにぃ・・・」
憤るのを無視して、女性に向かってニコリを笑うと、
「薬草はほらこの通り・・・」
★
ここで、もう一度巻き戻して状況をスロー再生してみよう。
女性は、手を引かれた拍子に薬草の入った籠を放り出す。
男はジャンプして籠を受け止めると、そのまま空中で籠から飛び出した薬草を集める。
そして着地。
この間わずか1秒たらず。
★
まぁ・・・と驚く女性、周りを取り囲む群衆も賞賛の目で見ている。約一名を除いて・・・。
「ふん・・・おまえは かっこうよく きめたつもりかも しれにゃいがにゃ・・・」
鼻で笑うと、
「そのうごきは、まるでかわでどじょうをすくってるりょうしみたいだったにゃ!」
「!?」
たしかにいわれてみれば、空中で籠を動かす様はそう見えなくもない。
取り囲む群衆からも失笑が漏れた。
「失敬な!」
薬草売りの女性が、我に返った。
「あっ、ありがとうございます」
顔を赤らめお礼を言う女性に
「当然のことをしたまで、ふぎゃあぁぁぁ」
いきなり男は悲鳴を上げた。
どうやらすねの辺りを蹴られたらしい。
「くっ、何をする!」
「おまえこしょ、あとから えものを よこどりするような まにぇするにゃ」
「え、獲物・・・女性に向かって失礼な、取り消したまえ」
「うるしゃい、あげあちをとるにゃ!きれいなおねぇしゃんはみんなフィーアのものなのにゃ!」
ドン引きした女性も、聴衆たちも遠巻きにして見ている。
そのとき・・・。
「煌きよわが意を示せ、グランドメテオ!」
「ふにゃぁぁぁぁ」
「うおぉぉぉぉぉ」
今にもつかみ合いが始まりそうだった二人の上に、隕石の雨が降り注いだ。
「はいは~い、公衆の面前でみっともないことしないように!」
「言うこと聞かないとおしおきですよ?」
二人を取り囲む輪から出てきたのは小柄な二人。
くのいち装束に身を包むのが、忍者の末裔でお助け人のリーダー、慧さま。
プリンセスドレスを着ているのが、巫女見習いの斎(いつき)。
二人とも笑顔は浮かべているものの、目は笑っていないし、こめかみに青筋が浮かんでいる。
「斎さん、あまりと言えばあまりの仕打ち・・・」
「けいにゃ・・・ひどいにゃ・・・」
黒焦げになった二人が恨めしげに言うと、
「サータルス様、往来で子ども相手に大人気ないですよ?」
「フィーアも、『色魔は相手にしちゃだめ』って言ってるでしょ?」
「しかしですねぇ・・・」
「だってにゃ・・・」
「いいから、こっちきなさい!」
「どうもお騒がせしました。」
唖然とする群集にぺこりと頭を下げると、二人を神社に引っ張っていった。
★
神社のドアを開けると、先客がいた。
5兄弟ねこの長男アインと、卿の妹「どエスのねーにゃ」こと医師のエクサリアである。
「お邪魔してるにゃ」
「は~い」
と手を振るエクサリア。
そしてもう一人・・・というか一匹?
「こんにちはぁ」
ぺこりと頭を下げたピンクのメイド服はマミコであった。
「うわっ、いつぞやの狸娘!」
「そんなぁ、ひとのこと、妖怪みたいにぃ、呼ばないでくださいよぉ」
「つ~か、あんた、狸でしょ?」
「あ~~~、ダーリンじゃないですかぁ~」
慧さまの言葉をスルーして、サータルスに抱きつくと胸の辺りに顔をすりすりとこすりつける。
「あ・・・ああっ、君もげ、元気そうで・・・、な、何より・・・」
心なしか上ずった声のサータルス。
「けっ・・・」
二人の痴態を見ていたフィーアは吐き捨てるよう呟いた。
「はぁ~~、まったく・・・」
慧さまはため息をつくと、
「それでいったい何しにきたのよ?」
「どうやら、困りごとがあるみたいだ・・・」
部屋の奥で、槍の手入れをしていた左之助が言った。
マミコは、目をウルウルさせながら、
「ダーリン、お願いですぅ。私達を助けてぇくださいぃ」
と懇願する。
★
マミコの話によると、集落の近くに出没するモンスターによって、餌集めもままならない状況だという。
「このままではぁ、わたしたちぃ飢え死にしちゃいますぅ・・・」
「それはお困りでしょう・・・私たちがなんとかしますわ」
「・・・ダーリン・・・」
困ったような顔で振り返ったサータルスに慧さまは、
「乗りかかった船ね、諦めて手伝いなさい」
とウインクした。
気乗りしない卿ではあったが、慧さまや斎になだめすかされて、ようやく重い腰を上げた。
「ああ、わかった・・・」
「それでこそ、わたしのダーリン~~~♪」
再びサータルスに抱きつくマミコ。
それまで黙っていたフィーアが、
「ふん、こんにゃやつ、たよりににゃんか にゃらにゃい!」と言い捨てると飛び出していってしまった。
「・・・ふっ、嫌われたもんだな・・・」
「あの~、前から気になっていたのですが・・・」
斎が尋ねる。
「フィーアちゃんとサータルスさんの間には何か確執があるように見えるのですが・・・」
「う~ん、実はフィーアとサタにゃは、ある女性を巡るライバルだったんにゃ」
アインが答える。
「へぇ~、あのおませさん、なかなかやるわね」
慧さまが言うと、
「でも、もう いにゃい んにゃ」
「「?」」
花瓶から一輪の花を摘みあげて、
「死んでなお我々の心を捕らえて離さないとは、なんて罪作りなゆ・・・」
と、卿がいいかけると、ドアがバタンと開いて、フィーアが戻ってきた。
そして、卿の顔に飛び掛るとその爪を縦横無尽に走らせた
碁盤の目のような傷を顔に浮かび上がらせて仰向けに倒れる卿。
その卿に向かって、
「ちんでなんかいないっ!いいかげんにゃこというにゃ!」
と、喚き散らすとフィーアは再びドアから飛び出していった。
いつの間にか復活した卿は、無言で遠くを見つめている。
端正な横顔に浮かぶ憂いの表情は絵になるといえなくもなかった。
顔に格子状の傷がなければ・・・。
後篇に続く
[6回]
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