そう遠くない過去。
とあるクエストに参加しているパーティがあった。
リーダーは若い女魔術師。しきりにメンバーに声をかけている。
彼らは疲労しているものの気力は充実しているように見えた。
ボス戦の前の小休止。
手持ちの回復薬の残量は、当初の予定よりも少なくなっている。
パーティのメンバーにクレリックや巫女はいない。
このまま行くか、近くの街に戻るか・・・リーダーは迷っているように見えた。
「大丈夫!このパーティならいける!」
メンバーの一人が言うと、初めてクエストに参加したという若い兵士も同意した。
「私もそう思います。行きましょう」
リーダーは、残ったメンバーを見やっていたが、彼らが首を振らないのを同意と受け止めたのだろう。立ち上がって言った。
「わかった・・・最後まで頑張ろうね」
★
ボス戦は熾烈を極めた。
話に聞いていたよりも格段に強い。
こちらの攻撃をかわされ、気を抜くとカウンターが飛んでくる。
薬による回復を担当していた封印術士が倒れてからは、劣勢に回ってしまった。
楯にしていたペットが倒れてしまった後衛に襲い掛かるボス。
巨大な戦斧の一撃は致命傷にはならなかったが、その場に崩れ落ちる。
リーダーは、魔物の前に飛び出して気を失ったメンバーを抱き起こすと、まだ立っている男に引き渡した。
「早く離れて!」
詠唱の構えに入ると二人を追い払うように腕を振った。
「やめろっ!そんな至近距離からでは、きみも巻き込まれる!」
傷ついたメンバーを抱えたまま叫ぶが、女魔術師はふふっと
「私を誰だと思ってるの?」不敵に笑う。
「あと一息で生きのびるというのに…こんな所でむざむざと・・・」
その瞬間、地面から吹き上がった火炎が魔物を包む。
「インフェルノ!!」
(終わった・・・)
誰もが思ったその時。
断末魔の魔物の手が魔術師のローブを捉えた。
「あっ・・・」
そして、軽々と引き寄せるとまるで炎の中で抱擁するように抱きかかえた。
男は絶叫した。
業火はすべてを焼き尽くすまで、納まることはなかった。
「いってきますよぉ~~」
サータルスの腕を取るようにしてマミコが出て行った。
「なんかさぁ・・・」
慧さまは呟いた。
「ピクニックかなんかと勘違いしているよねぇ・・・」
「先ほどの話なんですが・・・」
お茶のカップを片付けながら斎(いつき)が尋ねた。
「その方は亡くなられたのですか?」
「正確には生死不明だそうにゃ」アインが呟いた。
「高熱で蒸発してしまったのか、遺体はなかったみたいだけど、常識的に生存の可能性はかなり低いわね」エクサリアは肩をすくめた。
「それよりもさぁ、二人で行かせちゃったけど、大丈夫かな・・・」
「サータルスさんは魔法攻撃が使えませんが、マミコさんが単体魔法を使えますので大丈夫だと思いますが・・・」斎が応える。
「まあ、ゼロ距離の格闘戦では、私と互角以上に戦えるからな」左之助も頷いた。
「う~~ん、今回の敵・・・物理攻撃が効かないなんてことはないよね・・・」
頭をかきながら慧さまが呟いた。
★
「ふん・・・」
屋根に寝転んでいるフィーア。
「いましゃら、かっこうつけたっておそいんにゃ・・・」
唇を噛む。
「あいちゅは、ゆかりこをまもれなかったくしぇに」
自分が気を失った後に何があったのか・・・。
断片的な情報で詳しいことはわからなかったが、ひとつだけ確かなのは、あのあとゆかりこが戻ってこなかったこと。
「ゆかりこ・・・」
フィーアが身体を起こした。
ドアが開いて、マミコと腕を組んだサータルスが出てきた。
「あの、しゅけこましぃ~~~」
どんな状況だったかはわからないが、ゆかりこを見殺しにしたことは許せない・・・。
しかもゆかりこのことを忘れたかのように、他の女といちゃいちゃするのはもっと許せない。
「じゃまちて、はじかかしぇてやるにゃ・・・」
フィーアはこっそりと二人の後をつけ始めた。
★
ファンブルグを出て東へ向かうとやがて坂道が続いていく。
「ダーリンとぉこうしてぇ、実家に帰るなんてぇ・・・」
マミコは坂が増えるに連れてテンションが上がっていく。
「なんかぁ、お嬢様を僕にください的なぁ、うふっふっ・・・」
「そんなことより、どんなモンスターなのか、教えてくれないか・・・」げんなりとした卿が尋ねる。
「う~~~ん」
首をかしげながら
「私はぁ見たことないんですけどぉ、なんでも凶悪に強いとかぁ・・・」
「・・・」正体がわからないなら対策の打ちようもない。
(しょうがない、出たとこ勝負でいくしかないか・・・)
「ああ、そろそろですよぉ~~」
「うむっ」
ダンジョンのボスクラスならともかく、野生のモンスターであれば今のレベルで苦労することはないだろう。卿は左手につけた手甲を締めなおした。
★
フィーアは前を行く二人を見失わないようについていく。
フレイヤ大陸の東部は、何度も採掘にいっているので怖くはない。魔法攻撃も使ってくるトパーズ以外のモンスターは、フィーアのレベルでもお客様。
そう警戒しなくても戦える。
そう思ってちょっと油断していた。
突然、目の前に緑の物体が降ってきた。
「うにゃっ!」
ぷよんぷよんしたゼリーのような弾力のある身体。
「にゃんだ、スライムじゃにゃいか・・・おどかすにゃ・・・」
悔し紛れに蹴ると、スライムはプルンプルンと揺れた。
脇を駆け足ですり抜け、先を急ぎながら、
「ありぇ、こんにゃところにスライムにゃんてでるにゃ?」
首をかしげた。
★
それからしばらくして・・・。
マミコの言葉通り、岩山の中腹に差し掛かった辺りで遭遇した巨大なスライムとスライムの群を前に、サータルスは苦戦していた。
スライムは、HPも高く物理攻撃では大きなダメージを与えることが出来ない。卿の得意な気攻弾も、ゴーレムのような硬い外皮を持つモンスターには有効であるが、軟体のスライムには効果が薄い。
「ふぇ~ん」
マミコはべそをかきながら、周りを取り囲む通常サイズのスライムにメテオストライクを撃っているが、詠唱に時間がかかるのと、属性が合わないために苦戦しているようだ。
マミコを取り囲むスライムの数が徐々に増えている。
(ヴォルケーノのような強力な火炎の呪文があれば一掃できるんだが・・・)
生憎、マミコも自分も炎の魔法は使えない。
「くっ・・・」
そのとき、「うにゃぁ」という悲鳴が聞こえた。
振り向くと、なぜかフィーアがスライムたちに襲われている。
「フィーア!なんで、こんなところに・・・!!」
「くしょぉ、こにょっ、こにょっ!」
手にした斧で叩くが、どんどん増えるスライムに手を焼いている。
このままでは、どんどんHPを削られ、それと同時に気力も削られ、スライムに取りこまれてしまうかもしれない。
サータルスは、駆け寄ると同時に気攻弾でスライム達を吹き飛ばした。
「何しにきたんだ!」
「うるしゃい!」
「ちょうどよかった、マミコさんを連れて逃げろ!」
「ふん、おまえのいうことにゃんか、きくもんか」
「そんなことを言ってる場合じゃないだろ?」
「おまえこしょ、にげるといいにゃ!ねこが かわって みっちょんこんぷりぃと しゅる」
「馬鹿っ!戦闘職でもないお前に何ができる!」
「ばかとはにゃんだ!えりゃそうなこと、いうにゃ・・・おまえだって・・・おまえだって・・・」
フィーアはワナワナと震えて、
「おまえだって、ゆかりこを たしゅけられなかった くしぇに!」
時が止まった。
フラッシュバックする光景。
パーティの先頭を歩くゆかりこ。
強力な魔法で、モンスターを一掃するゆかりこ。
フィーアの紳士ぶりに苦笑しながらお礼をいうゆかりこ。
サータルスの助言に真剣な表情で頷くゆかりこ。
そして・・・
気を失って倒れたフィーアを抱き起こし、サータルスに託したゆかりこ。
サータルスの叫びを一蹴し、強力な火魔法を放ったゆかりこ。
自分が倒したモンスターの道連れとなり炎に巻き込まれたゆかりこ。
「ゆかりこぉおおおお!」
サータルスは自らの叫びで我に返った。
(ゆかりこは常々言っていた。・・・)
「あのさ、クエストの成功ってさぁ、ひとりの脱落者もなく無事に生還することだと思うんだよね~」
(私の使命は、二人を無事に生還させること・・・)
迫ってくる巨大スライムに気攻弾を撃ってけん制しながら、
「マミコさん!フィーアを連れて逃げてくれっ!」サータルスは叫ぶ。
「でもぉ、逃げ道もぉ、スライムにぃ囲まれていますぅ」
「ううっ、こにょっ!」フィーアが斧を振ると、ちょっとだけ道が開いた。
「いまだっ!」
「はいっ・・・」
駆け出すマミコ。
しかし、そこに新たなスライムの群が圧しかかってきた。
「きゃあぁぁぁ」
「ふにゃあぁぁ」
「危ないっ!!」
サータルスは、とっさにマミコを突き飛ばし、フィーアを抱き上げると同時に気攻弾の構えを取った。
襲いかかるスライムの群。
(くそっつ、間に合わないか・・・)
そのとき・・・
目の前のスライムが炎上した。
(こっ、これは・・・)
火属性の全体魔法ニュークリア・・・。
一匹、また一匹と炎に包まれ消滅していく。
そして、残った巨大スライムも地面から巻き起こった紅蓮の炎に包まれ消え去った。
ヴォルケーノ・・・いやヴォルケーノⅡ・・・?
サータルスが辺りを見まわすと、岩陰に人の気配がした。
「き、きみは・・・」
さっとローブを翻し、岩陰に消える。
卿が岩陰に回りこんだ時には、既に人の気配は消えていた。
★
胸騒ぎを感じた慧さまたちがやってきたときには、モンスターの群はあとかたもなく消え去っていた。
サータルスは斎に
「さっきのヴォルケーノⅡは斎さんが?」と尋ねたが、斎は首を振った。
(やっぱり、あれは・・・?)
「おい・・・」
考えこんていた卿に
「ああ・・・フィーアか・・・」
「にゃんで、たしゅけてくれた・・・」
「ん?」
「あんにゃに、いやにゃこといったにょに・・・」
(自覚はあるわけだ・・・)
苦笑いしながら
「・・・そうしなきゃならないと思ったからだな」
怪訝な顔をするフィーアに向かって
「それにな・・・」
西の方を見ながら、
「おまえを見殺しにするようなことになったら、うかばれない人がいるんだよ・・・」
「ふ、ふん・・・」
下を向いたフィーアだったが、すぐに顔を上げると
「お、おまえにゃんか、だいきらいにゃ!」
と叫ぶと駆け出して行った。
その後ろ姿を見送るサータルスによってきた慧さまが言った。
「あのさ・・・」
「?」
「『亡き女を想う』って書いて『妄想』というのよ?」
「!」
「ほどほどにしないと、本当に浮かばれなくなっちゃうよ?ほら、現実にも目を向けなきゃ・・・」
指差す先には、泥だらけになったピンクの少女が頭を下げていた。
Ep.5 Fin
[4回]
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