ベルベット・イースター
小雨の朝
光るしずく 窓にいっぱい
★
雨が落ちてきた。
降ってきたというより、唐突に落ちてきた感じ・・・。
空を見上げると鈍色の雲がさっきよりも増えていた。
(こっちでも雨が降るんだ・・・)
我ながら変な感想だと思う。
樹木の多い故郷では、枝や葉にさえぎられた雨が霧のように降り注ぐ。
落涙型の雨だれがポツリポツリと落ちてくる風景は珍しい。
樹々の間を高速で飛び交う獲物を捉える目には、落ちてくる雨だれの形がはっきり見えるのだ。
★
あら~~、降って来ちゃいましたね。
お姉さまに頼まれた買物を済ませて店を出たところで、雨が落ちてきた。
桜が咲き始める時期とはいえ、まだまだ寒いので、マフラーと手袋は外せない。
たすきに提げたカバンから傘を取り出して開いた。
道の両側には、露店が並んでいる。
(いつもより卵を売る店が多いのは、復活祭が近いからなのかしら?)
復活祭は、西洋の聖人の復活の奇蹟を祝う祭とも、春の到来を祝う祭りとも言われている。
こちらに召還されるまで、復活祭というお祭りは知らなかった。
古い神社である実家でも、クリスマスに娘の枕元にプレゼントを置いてくれたり、バレンタインデー前夜に台所を占拠して調理器具をチョコレートまみれにすることは黙認してくれていたが、さすがに復活祭まではカバーしていなかったのだ。
感謝祭のメインイベントは、カラフルに彩られてあちこちに隠された卵を探すゲームだ。
(宝探しって、子どもたちにとってはバレンタインよりも面白いかもしれませんね。)
今年は、自分も装飾卵を作ってみようかな?いや、本当は誰かが隠した卵を探してみたいな・・・。
そんなことを考えながらゆっくりと歩いていたが、やがて賑やかなメインストリートも終わり、人通りは少なくなってきた。
ベルベット・イースター
迎えに来て
まだ眠いけど ドアを叩いて
★
人々は空を見上げ、チッと舌打ちをすると足早に去っていく。
雨に濡れるのは嫌じゃないけど、これ以上濡れて体温を奪われるのはよくない・・・。
ゆっくりと歩きながら、雨宿りが出来そうな場所を探す。
故郷にあるような大樹はどこにも見当たらない。
ピンク色をした可愛い花をまとった樹はあちこちにあるが、雨を凌ぐにはどうだろうか?
取りあえずそこで休もうかな。
★
(本格的に降り出す前に帰らなきゃね。)
桜の季節とは言え、ファンブルグはまだまだ寒い日が続いている。
(家に帰ったら、暖かい部屋でミルクを飲みましょう。)
少し急ぎ足で、前かがみになって歩いていたので、前から来た人に気づくのが遅れた。
ドンッ
「あっ」
「ああっ」
フードのついたポンチョのようなコートをまとった少女が尻餅をついている。
「大丈夫?」
慌ててかけよって抱き起こす。
「ごめんなさい、前をよく見てなかったんです」
少女は目を見開いている。
その顔を見たら思わず泣き出すんじゃないかと思えて、口早に続けた。
「うちはすぐそこです。濡れた服を乾かしますので、一緒に来てください、お願いします」
頭を下げると、
「ふぁぃ・・・」
と、気の抜けたような返事が聞こえた。
(どうやら頷いてくれたみたいですね・・・、よかった)
「こっちです」
そう言って歩き始めたけど、ついてくる気配がない・・・。
戻って、彼女の手を取って言った。
「早く行って温まりましょう、風邪ひいたら大変です・・・」
「・・・ふぁい・・・」
さっきと同じ返事だけど、ちょっとだけ嬉しそうな感じがしたのは気のせいですかね?
★
家には誰もいなかった。
熾きになっていた暖炉に薪をくべて火を大きくする。
そして、その前に彼女を連れていくと、大きなタオルを渡しながら、
「濡れた服を乾かしますので、脱いでこっちに干しておいてくださいね」
それから台所に行くと、ミルクパンにミルクをいれて竃にかけて、自分も部屋に行って濡れた服を着替えた。
そうして、暖炉の前に戻ると、なんとまだ着替えは終わっていなかった。
何が珍しいのか同じ場所に立ったまま、首を回してあれこれ見ている。
(コートもぐっしょり濡れていますね・・・)
コートだけでも脱がせて乾かそうと、近寄って首のところで結んだ紐に手を伸ばす。
ちょっとビクッとしたけど、まっすぐこっちを見ている。
「風邪ひいちゃうから・・・ねっ」
「・・・ふぁぃ」
紐を解いてフードを下ろすと予想していなかったものが現れた。
顔の横から左右に飛び出した耳。
(あっ、この子・・・ハウトから来たんですね)
★
クッションに座ってマグカップを抱えたまま、窓の外を眺めている。
蜂蜜を垂らした温かいミルクをコクンと飲んで、窓に目を向ける。
ガラスについた雨のしずくがきらきら光っている。
窓の方を向いたまま、
「卵、好き・・・?」
少女が呟いた。
「えっ?」
唐突な質問にちょっと戸惑う。
「卵、たくさん、持ってた・・・から・・・」
「ああ、あの卵はですね」
バスケットに入っていた卵と一枚の紙を持ってきた。
「今度の日曜日に春のお祭りがあるんです。その時に、卵にこうやって色を塗ったり、模様を描いたりして、その卵をいろいろなところに隠すんですよ」
「?」
「それで、みんなで隠した卵を探すんです。」
「・・・楽しそう」
「楽しそうですよね」
「・・・わたしも、・・・参加してもいいのかな・・・?」
おずおずと聞いちゃいけないことを聞くように・・・
「もちろんですよ。よかったら日曜日に一緒にいきませんか?」
少女の瞳を見つめ力強く言った。
「・・・ふぁい・・・」
今度の返事からは、はっきりと嬉しい気持ちが伝わってきた。
空が とっても低い
天使が 降りてきそうなほど
★
暖炉の薪がパチパチいっている。
内と外と、両方から身体が温められて、ついうとうとしてしまった。
窓の外は相変わらず、雨が降っているようだ。
ハウトの少女もクッションに包まって丸くなって寝ている。
(猫みたいですね)
起きたら喉が渇くだろうから、レモン水を冷やしておきましょうか・・・。
立ち上がった時に、外が騒がしいの気がついた。
窓を開けてみると、雨は少し小降りになっていた。
(何の声だろう・・・?)
玄関にまわって、ドアを細めに開ける。
雨の音に混じって、確かに人の歓声のような、怒声のような・・・大勢の人の声が聞こえた。
声の正体を確かめようと、ドアを広めに開ける。
そのとき・・・
丸まって寝ていたはずの少女が雨の中に飛び出していった。
(えっ!?)
何か、切迫した雰囲気に剣呑なものを感じて、急いで後を追う。
前を行く少女のちらっと見えた横顔は先ほどまでのホワンとしたものではなかった。
やがて、走る少女の肩越しに人だかりが見えた。
「○▽#5&!!」
立ち止まった少女が叫ぶ。
人ごみの中から、悲しげな動物の鳴き声が聞こえた。
人ごみが割れた。
中心には、四足の獣がいた。
ルプスやシリウスのような精悍なフォルムだが、黒毛に濃紅の模様が混じっている。
泥にまみれ、ところどころ傷つき血を流しているが、ギラギラした目と尖った牙で自分を取り囲む男たちを威嚇している。
ようやく、少女に追いついて、息を切らしながら、
「どうしたんですかっ?」
と尋ねると、
「・・・あれは・・・あれは・・・」
少女は泣きそうな顔でこちらを見た。
「わたしのおとうと・・・」
「!?」
少女は飛び出していって、傷ついた獣を背に、大きく手を広げた。
「この子、悪いことしない・・・私を・・・迎えに来ただけ・・・帰るから、もうこないから・・・」
少女は振り絞るように叫んだ。
「だから、もういじめないで!!」
得物を手に興奮した群集に、悲痛な叫びは届かなかった。
新たな獲物の登場に、ますます群集は勢りたった。
こん棒や草刈鎌やスコップが振り上げられる。
その輪が小さくなっても、両足でしっかりと立つ気高き姿。
獣を押さえるかのようにその首をかき抱いた少女。
ふつふつと湧き上がる感情が、身体を突き動かした。
輪の中に飛び込んで、
「煌(きらめ)きよ、その意を示せ!リフレクス!」
力ある言葉が彼らを護る。
驚く群集。
その手に持っていた得物が一瞬のうちに消えた。
「ほらほら、大の大人が子ども相手になにやってんのよ~」
さっきまで、彼らが手にしていた得物はすっかり声の主の手の中に移動していた。
「こんなもの使っちゃ、危ないでしょ?」
うしろに放り投げる。
「お姉さまっ!」
ぱちんとウィンクが帰ってくる。
「油断するな!」
頼もしい男の声。
木の上から二人を狙っていた弓の弦が弾けた。
どうやら枝を払って、ダーツのように投げつけたようだ。
群集は二人にまかせて、獣を抱いた少女に振り向くと、
「今、治すから・・・」
傷ついた獣に手を向けて治療の呪文を唱える。
(ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・)
心の中で彼らに詫びながら、必死で応急手当の呪文を唱え続けた。
しかし、最後まで、
「・・・ふぁい・・・」
という返事が聞こえることはなかった。
いちばん 好きな季節
いつもと違う 日曜日なの・・・
★
「なんて悲しいお話にゃ・・・」
「泣」
「・・・そいつらまとめて呪ってやるにゃ!」
「しょのこに、おちえてやらなくては、おとこにもやさちいおとこがいるんにゃってことを・・・」
「・・・くすん・・・」
ヒヨコ神社の居間兼客間。
5人の猫たちにせがまれるまま、イースターにまつわる話を終えた斎(いつき)はふっとため息をついた。
フュンフが袖をひっぱる。
「どうしたんですか?」
「・・・あのね・・・そのこはどうにゃったの?」
真剣なまなざしで尋ねる。
そのとき・・・
ノックの音と、
「こんにちは~」
という声がした。
「「「「「みいねえがきたにゃ!」」」」」
そろって声を上げたねこたちはドアに突進した。
「いらっしゃい」
「こんにちは、おじゃまします~」
傘をたたみながら少女が入ってきた。
「これから卵探しに行こうって話してたところなんですよ、間に合ってよかったです」
斎は微笑みながら、思い出したようにこう付け加えた。
「その前に蜂蜜入りのミルクはいかが?」
「・・・ふぁい・・・」
みいねえは恥ずかしそうに微笑んだ。
今日はイースター。春の訪れと復活を祝うお祭りの日。
ep.4 Fin
Special Thanks to 猫みいさん(と弟さん)
「ベルベットイースター」 作詞 荒井由実 1973
[5回]
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