ああ、あなたはなんて楽しそうに笑うんだろう。
なんて優しい目をしてその子たちを見るのだろう。
そしてあなたは、
どうして、わたしの思いに気づいてくれないのだろう・・・
「猫の筆」事件以降、部屋が狭くなったなぁと慧さまは思っている。
別にモノが増えたわけではないのだけど、5匹の、いや、5人の猫たちが
頻繁に遊びに来るようになったからだ。
似顔絵描きのフュンフ以外の猫たちもそれぞれ仕事はあるようだが、入れ
替わり立ち替わり、誰かは必ず遊びに来ている。
(斎っちゃんもあの子たち甘やかすからなぁ・・・)
そう思いながら斎(いつき)の方を見る。
当の斎はなんとなく、
(今日もそろそろ来るんじゃないかしら・・・。)
と、そわそわしてるように見える。
そのことが決して不快ではなく、むしろ好ましく感じてることには気づいて
いない慧さまだった。
そんな慧さまの気持ちを察したのか、
ドンドンドン
ノッカーが悲鳴を上げる。
(ほら、いつもの一日が始まった・・・。)
返事をする間もなく、飛び込んでくる猫たち。
「慧にゃ!斎にゃ!お客さん連れてきたにゃ!」
「頼」
「商い繁盛の呪い~」
「・・・」
「・・・サタにゃがこまってる、たすけてあげてほしいにゃ・・・」
(あれっ、1匹だけいつもとテンションの違う子がいる・・・。)
斎はうつむいているフィーアをみつめた。
「どうかなさいました?」
「なんでもにゃい!」
「ちょっと元気がないようですけど・・・?お熱があるのかな?」
「ふっ、うちゅくしぃ おじょうさんをみると ねつが あがるのは あたりまえにゃ」
キッと顔をあげて強がるフィーア。
「な~んだ、いつものフィーアじゃない」
慧さまは言うが、
「そうでしょうか?」
斎はまだ気になる様子だ。
「そうよ、そうよ・・・で、今日はどうしたの?」
慧さまはちっとも気に留めていない様子で、アインにたずねた。
「フュンフのお得意様にゃんだけど、困りごとがあるって言ってたから連れてきたにゃ」
「是」
「こっちにはいるにゃ」
猫たちの後ろから、二人の男女が入ってきた。
猫たちが飛び込んできたときには顔を上げなかった左之助が、顔を上げて
ドアの方を注視している。
男の方は身の丈六尺程もあろうかという偉丈夫だが、武芸者にありがちな厳しい表情ではなく、むしろ柔和といえる表情。
意思の強そうな眉、大きな目は青く澄んでいて、鼻筋はとおっている。薄めの唇も、剃り跡のきれいなあごのラインも、パーツとしては整っているのに、なぜかどこか1本抜けた感じがする。
慧さまは首をかしげた。
身にまとっているのは青い羽織と筒袴だが、帯刀はしていないようにみえる。
「ほう・・・格闘士か・・・」
左之助は目を細めて呟いた。
格闘士とは、体術を得意とする職業で、通常は武器を持たず、その拳から放つ強力な気功弾や気功砲が最大の武器となる。
物理的攻撃者の中では異色の存在である。
一方、女性の方は、隣の男よりも頭ひとつくらい小さいが、女性にしては長身の部類に入る。
切れ長の目には力があり、緑のローブ姿と相まって知的な雰囲気を感じさせる。
懐剣を忍ばせているところから察するに医師か治療も行う鑑定士といったところか・・・。
左之助はそれだけ見てとると、また意識を手入れ中の剣の刃に向けた。
★
「きみたちが、請負人?」
「そうだけど、え~と、あなたは?」
「私の名はサータルス、人は私のことは敬意をこめて卿と呼ぶ、覚えておきたまえ、はっはっはっは・・・」
(没落貴族を揶揄(やゆ)されてるだけなのに・・・)
「!?」
あれっ、なんか聞いちゃいけないようなことが聞こえたような・・・斎はあたりを見回した。
「ふ~ん、貴族出身で格闘士とはね・・・」
「あらっ、貴族の格闘士って珍しいんですか?」
「気功弾も気功砲も、取得するには崩撃という技を修めなければならないんだけど、これがやっかいな技でさぁ、貴族のボンボンなんかは手を出したがらないもんなのよねぇ」
「へぇ・・・、お姉さま詳しいですね!」
「ふふっ、まぁね♪」
「はっはっはっは、ボクシングは元々貴族のスポーツだったことは知ってるかね?鍛え上げた拳で闘う格闘士は貴族の家に生まれた私にぴったりだとは思わないかい?」
どこから取り出したのか薔薇の茎をつまみ、高らかに宣言した男にあっけにとられる2人。
(わかった、どこか一本抜けているように感じたのは・・・)
この男、見た目は悪くないけど、決定的に軽い!
そう思った慧さまがそっとため息をついた時だった。
「のあぁぁぁぁぁ!」
男は前のめりに倒れた。
「おにいさま、その笑い声、うざいからやめてくださる?やめないと蹴り倒すわよ?」
どうやら後ろにいた女性に蹴り倒されたらしい。
いやもう蹴り倒してますが・・・
「ははは、エクサは相変わらずだなぁ」
あっという間に復活した男は笑いながら、女性を前に押し出すと、
「私の妹のエクサリアだ、医師をやっている」
驚き顔の斎。
首をかしげてエクサリアを眺めていた慧さまは「はっ」と気がついた。
「あああ~!最近話題の『どエス医師』ってあんたでしょ!!」
「ふふっ」
「虫歯の子に麻酔しないで治療したって!」
この世界では医師の数が少ないので、歯痛から高レベルの手術を要する
疾病まで、医師のカバーしなければならない範囲は広いのだ。
「そうよ、そうしないと虫歯の怖さも、歯みがきの重要性も身につかないからね・・・それに」
エクサリアはニコッと笑って続けた。
「なんと言っても、声も出せず恐怖で引き攣った顔をみるとゾクゾクするの」
うわぁ、本気でこわいよ、この笑顔・・・慧さまも斎も引きつった。
★
「で、心配事というのは?」
気を取り直した斎が尋ねると、卿を名乗る男は前髪をかき上げながら言った。
「うむ、一言でいうと『女性の視線が気になる』だな」
「「「・・・」」」
「え~と、エクサ?」
「なにかしら?」
「殴ってもいい?」
「遠慮なく・・・」
「あっ、待って、ちゃんと話すから・・・」
卿は得物を手に近寄ってくる面々と、ジャキっと爪を出した猫たちに笑いかけたが、ちょっとばかり遅かったようだ・・・。
10分後。
「どうも最近誰かに見られている視線を感じてねぇ」
頭の上に絆創膏を回しながら卿は説明を始めた。
「ひと月くらい前から、街を歩いている時、クエストをしている時、立ち話をしている時に視線を感じるようになった・・・」
「ふむふむ」
「まあ害はなさそうなので放っておいたが、最近では家にいる時も感じるようになってきてね」
「ほほう」
「あの~、先ほど『女性の』って言ってましたが、根拠はあるのですか?」
斎が尋ねると、卿は指を立てて、
「第1に敵意を感じない、第2に入浴中など裸の時には感じない、第3にいつもは生温かい視線が急に冷たくなることがある・・・」
「どんな時?」
「うむ、街で女性に声をかけた時とかだな」
爽やかな笑顔で答えた。
「アイン!ツヴァイ!ドライ!フィーア!フュンフ!」
慧さまが声をかけると猫たちは、
「こにょ、おんにゃのてきぃ~」
「しきま~」
等といいながら、卿に飛び掛った。
フュンフだけがオロオロしているのが微笑ましい。
青い煙を見ながら、エクサリアは言った。
「実は、私も最近、嫌~~な視線を感じることがるの、コレと一緒にいる時限定で・・・」
実の兄をコレ呼ばわりとは・・・
「ふ~~ん」
「あからさまな敵意というほどではないんだけどね・・・睨むの好きだけど睨まれるのは好みじゃないわ」
こういうところ、マニアにはたまんないんだろうなぁ・・・と余計な感想を覚える慧さま。
「で、どう思う?」
「兄の言うとおり邪悪なものではないと思うけど、目的がわからないのも気になるし、正体は知りたいわね」
「わかったわ・・・卿!」
慧さまが呼ぶと、噛みついたり爪をたてている猫たちを身体にぶら下げたまま、サータルスは振り返った。
「あんたは、いつもと同じように過ごして・・・私たちはあんたに近づくものがいるかどうか監視するわ」
「うむ、承知した、よろしく頼むよ」
そういって笑うと、きらりと光る白い歯が見えた。
その白さになぜかイラッとしたものを感じる慧さまであった。
あなたに憂い顔は似合わない。
あなたはいつも太陽のように明るくあって欲しい。
そして、願わくば・・・
その笑顔はわたしに向けていて欲しい
それはわたしのわがままなのでしょうか?
ううん、そうじゃない・・・
あなたはわたしにそうする義務があるはず・・・
あなたとわたしはもう・・・決して離れられない関係なのだから・・・!
後篇に続く
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