「どうぞ~」
斎がドアを押すとドアの細めに開いた隙間から小さな黒い顔がのぞいた。
「あの~~、ここにくると助けてもらえると聞いてきたんだけどにゃ・・・」
「あら、仕事の依頼?こっちへどうぞ~」
「お邪魔するにゃ」
入ってきたのは五人の男の子達。
真摯に3人を見つめるもの。珍しそうにきょろきょろ見渡すもの。
そして前の子どもに隠れるように様子を伺っているもの・・・。
「うわぁ~、お子ちゃま・・・、私、パスね、いっちゃん、お話聞いてあげて!」
言うが早いか、慧さまはふぃっと姿を消した。
無駄なところでステルスのスキルを使うのが慧さまらしいと言えるが・・・。
残された斎は抗議の声を上げた。
「うっ、お姉さま、ずるいですぅ・・・」
「お子さまではにゃい!ねこたちは、りっぱなおとなねこにゃ」
「怒」
「・・・こどもあつかいすると呪うじょ」
「ふっ、うちゅくちいおじょうしゃん、あにゃたはかんちがいしてるにゃ」
「・・・・・・」
「あああ、一度にしゃべらないで下さ~~い」
「だから、ねこたちは困っているんにゃ」
「肯」
「・・・話聞いてくれないと、呪うじょ」
「うちゅくちいおじょうしゃんに こまったかおは にあわないにゃ」
「・・・クスン」
収集がつかなくて、思わず声を上げようとしたときだった。
ギギギギギィィィ
「「「「「ふみゃ!!」」」」」
自分勝手に口々に話してた猫たちも、左之助がガラスを引っ掻く音には
凍りついた。
「ふぅ・・・どうやら落ち着いてくれたみたいですね」
斎ちゃんは、最初に入ってきた猫に声をかけた。
「あなたが代表して説明してくださいますか?」
こくんとうなづくと説明を始めた。
「ねこたちは、5人兄弟なんにゃ、ねこはアイン、で、こっちから順番に、
ツヴァイ、ドライ、フィーア、そして末っ子のフュンフ・・・」
「宜」
「・・・ジロジロみるにゃ、呪うじょ」
「うちゅくちぃ れでぃに おめにかかれて こうえい にゃ」
「・・・クスン」
「フュンフはお絵かきが上手なんで、街で似顔絵を描いて上げてるんにゃ」
「へぇ~~、そうなんですかぁ」
「そのフュンフの大切にしている筆がなくなってしまったにゃ」
「あら!」
「ふでがないとおしごとができにゃいの・・・」
兄猫の陰に隠れた小さな猫がべそをかいた。
「この筆はフュンフのしっぽの毛を集めて作った特別製なのにゃ」
「そういわれてみると、キミだけしっぽが細い感じだね~」
姿は消したまま、慧さまの声だけが降ってきた。
「なくなった時の状況が詳しく知りたいですね」
斎はべそをかいてるフュンフと呼ばれた子の前にしゃがむとニコッと
微笑んで尋ねた。
「最後に筆を使ったのはいつですか?」
「このまえのふりまのひ・・・。」
「なくなったのに気がついたのは?」
「ちごとがおわったあと、おかたづけようとちようとちたときには
もうにゃかったの」
「その日はたくさんのお客さんが来たのですか?」
「えをかいてほちいといったのはしゃんにんくらいにゃ」
「怪しい人はいませんでしたか?」
「いにゃかった・・・」
「なるほど・・・」
斎が考え込むと、猫たちは斎を取り囲んで請願した。
「おねがいにゃ、フュンフの筆を探して欲しいにゃ」
「願」
「・・・引き受けてくれないと、呪うからにゃ!」
「れでぃたちにとっては あさめちまえだと おもうにゃ」
「・・・おねがいちまちゅ」
斎が困ったように振り替えると、慧さまは再び姿を現した。
「ああ、わかったから、わかったから」
口々に騒ぐ猫たちを見回して、慧さまが言った。
「筆探しかぁ・・・わかったわ!引き受けるから、大船に乗った気で
いて頂戴!」
「ねこたち、泳げないからすごく不安なんだけどにゃぁ・・・」
「ちょっと!そこのボクは面白いこというわね#」
「ま、まあ、お姉さま、大人気ないです・・・」
「わかったわよ・・・」
コホンと咳払いをすると慧さまは何事もなかったかのように、
「何かわかったら連絡するから、そこのお姉ちゃんに連絡先を教えておいてね」
といった。
「「「「「よろしくお願いしますにゃ」」」」」
猫たちはぺこりとお辞儀をすると、最後までわいわい言いながら部屋を出て行った。
お社の周りは、屋根の上にひさしのように伸ばされた大木の枝に覆われて、
日中でも薄暗い。
そんな屋根の暗がりに人影があった。
濃緑色と思われる衣装は樹々の緑に溶け込み、そこにいる気配を感じさせなかった。
(ふふっ、猫ちゃんたちはちゃんと依頼に行ったみたいですね・・・。
彼らの力がどれほどのものか見せて頂きましょうかね。
はてさて楽しみな・・・。)
猫たちの後姿を見送ると、やがて気配は薄れていき、またなにも感じられなくなった。
猫たちががやがやと出て行くと、ようやく部屋の空気が落ち着いた。
「で、どこを探すかなんだけど」
「筆を欲しがる人なんてそうそういないと思いますよ?」
「まして、高級な筆ならともかく猫ちゃんのしっぽの毛を使ったお手製と
いうからねっ・・・」
「そうですねぇ」
「・・・・・・筆が欲しかったのではないかも知れぬな」
猫たちの前では口を開かなかった左之助がぼそっと呟いた。
「左の字、なんか心当たりあるの?」
「猫の毛が入用だったのではあるまいか」
「猫の毛?そんなもん、なんに使うのよ」
「そこまでは私にはわからぬ」
「私」が詰まって「わし」に聞こえる。
慧は(いったいなに時代の生まれだ!}と突っ込みたい気持ちを押さえたが、
「見たところ、あの子たちは元は日本猫だったと思われます」
斎は全く気にしないように話を続けた。
「日本猫の毛に稀少価値があるとは思われませんので、あとは宗教的な
理由とかでしょうか?」
「あ~~、やめやめ!ここであれこれ考えていても埒があかないわ」
慧さまは立ち上がって、終了宣言をした。
「斎ちゃんと左の字は猫の毛を集めてる奴がいないか聞き込みして!
私は目撃者を探して見る・・・」
筆のありかを探して3人はあちこち駆け回っていた。
慧さまは、フリマの主催者を中心に聞き込みをしてみたものの、
会場は人やペットでごった返していたためか、有力な証言は得られ
なかった。
斎と左之助はファンブルグのあちこちに立てられた掲示板をくまなく
当たってみたが、筆に関する取引はもちろんのこと、猫の毛や毛皮に
関する取引も見つからなかった。
「そっちはどうだった?」
「それらしい情報はありませんでしたわ」
左之助も無言で首を振る。
「ただ、最近、ローブをまとった男がこそこそと薬を買いにくるという話は
聞きましたけど、どうも探しているのは育毛剤らしいと・・・」
「育毛剤・・・?それよっ!」
「えっ?」
「!?」
「育毛剤が効果を発揮するには時間がかかるわ!それまでの間、
薄くなった毛を隠すために必要なのは?」
「ウィッグですわ!」
「うむ・・・髢(かもじ)か!」
「二人とも正解よ!その男は黒猫の筆をつけ毛にしようと盗み出したのよ!」
「なるほど、筋が通ってますわ!」
「うむ」
「そうとなったら、その男を締め上げて筆を取り戻すわよ!!」
3人は装備を戦闘モードに取り替えると、夕暮れの街に飛び出していった。
ファンブルグの街が夕闇に沈み、家々に灯りがともる時刻。
薬屋から男の人相を聞いた3人は、街はずれの家の前にいた。
「独りものみたいだけど、たまに複数の人の声がすることもあるって
近所の人も言ってたから、気をつけてね?」
「はいっ」
「うむ」
「それじゃあ・・・」
ドアのノブに手をかけた慧さまが合図する。
「いくよっ!」
「動くな!!」
ドアを開けると同時に慧さまが叫ぶと、中にいた人間が一斉に
振り返った。
同じような黒いローブを身にまとった男達がテーブルを囲んでいる。
「何だ?貴様らは?」
「おいっ、隠せ」
テーブルの上に広げていたものを慌てて隠そうとするものがいる。
「ふふん・・・無駄よ!あんたたちが盗んだことは、もうわかってるんだから!」
「なにをっ!」
「素直に返さないと、黒いローブの替わりに白い包帯に包まれることに
なりますわよ?」斎も畳み掛ける。
「しゃらくせぇ、このガキども!」
「大人をなめると痛い目に合うことをたっぷり教えてやるぜ!」
「やっちまえ!!」
得物を手にして、使い魔を召還し始めた男達を見ながら、
「さくっと終わらせるわよ!」慧さまが言う。
「手加減できませんよ?」
と、斎も杖を構える。
冒険好き・・・というか、たぶんにトリガーハッピーの気がある斎は、
心なしか頬が紅潮して、目が潤んできた。
左之助は「ゆくぞ!」と短く言うと、斧を構えた。
それからしばらくの間、家の中からは怒声や破砕音が響いていて
いたが、間もなく静寂に包まれた。
同じ時刻。
街灯の少ないファンブルグの裏道を小走りに走る影がひとつ。
(やっぱり筆を持ち出したのは、あなただったんですね・・・)
「!?」
頭上から声が降ってくるのと同時に、音もなく目の前に立ちふさがった
もうひとつの影。
闇に溶けたように顔は見えない。
「請負人が乗り出してきたら、遅かれ早かれ自分の身にも捜査の手が回ると思ったんですね?
そうなったら捜査が及ぶ前にきっと筆を返しに来ると思いました・・・。
まして、筆が欲しかったわけではなく、人気が出てきた猫ちゃんを
ちょっと困らせてやろうと思っただけなら、いても立ってもいられなくて
必ずそうするだろうと思いましたよ・・・」
男とも女とも、若いのか年をとっているのかもわからない不思議な
声・・・。しかし、不思議と敵意は感じられなかった。
「・・・・・・」
「その筆、返したいんですね?」
影はコクンと頷いた。
「預からせてもらってもいいでしょうか?」
暗闇から差し出された手はそう大きくはないが、指が長くきれいな
手だった。
おずおずと差し出された筆を受け取るのと同時に、暗闇に真っ白な
歯が光る。
「ありがとうございます・・・心配しなくても悪いようにはしませんよ・・・」
後から現れた影は現れた時と同じように、無拍子で飛び上がった。
「気をつけておかえりなさい」
先の影は、その声を聞くとまるで呪縛から解かれたように、ふっと息を
ついてから、コクンと頭を下げ、急ぎ足で来た方向に戻っていった。
3人は意気消沈して帰宅した。
所詮男達は、3人の敵ではなく、戦闘は苦も無く終わったが、探していた
筆は見つからなかったのだ。
気絶した首謀者の男を蘇生させてから、筆のありかを吐かそうと締め
上げたが、わけのわからない事をつぶやくばかりで埒があかなかった。
結局、おっとり刀で駆けつけた王宮警護騎士たちに身柄をに引き渡して、
解放されたのは、夜が明けてからだった。
ちなみに、この男達が黒史教団の一味でテロの準備中だったことが
わかって、王宮から感謝状を送られるのは、まだもう少し先の話。
「あ~あ、違ったわね」慧さまがため息をつく。
「戦闘は気持ちよかったけど、結果がこうだと喜びも半減ですわ」
そう言いながら斎が部屋の灯りをつけると、テーブルの上に筆とメモが
置いてあるのが見えた。
「「「!?」」」
「筆よね・・・?」
「どうしてこんなところに?」
「『猫の絵師に返して欲しく候』とある・・・」
3人が首を捻っているところへドンドンとドアを破らんばかりの勢いで
ノックするものがある。
「はぁ~い」
斎がドアを開けるのと同時に飛び込んできたのは5人の猫たちだった。
「ふ、筆が見つかったって聞いたにゃ!」
慧さまが手に持っていた筆をフュンフに渡した。
「・・・ふゅんふのふで・・・」
「ありがとうございましたなのにゃ」
アインが頭を下げると。
「喜」
「・・・呪わなくてよかったにゃ・・・」
「さしゅがは ふぃーあが みこんだ れでぃたち にゃ」
弟たちも口々に礼を述べた。
目をうるうるさせたフュンフは無言で筆を撫でていたが落ち着いたのか
「・・・ありがとうございましにゃ」と小声でお礼を言った。
お礼を言われるが狐につままれたような表情の3人。
いち早く我に返った慧さまが言う。
「まあ、何だかよくわからないけど、探し物はみつかったし、いっか・・・」
「お姉さまったら・・・」
「ふぅ」
左之助がため息をついた。
「ねこたちはお礼はできにゃいけど、この話をみんなにしてお客さんを
呼び込むにゃ」
アインがそう言うと、他の猫たちも大きく頷いた。
「是」
「・・・お客がたくさん来て休む間がなくなる呪いをかけるにゃ・・・」
「ねこが しゅくふくしゅると はんじょう まちがいにゃし!」
「・・・うん、ふゅんふもおきゃくさんよんでくるから・・・」
「それにしても・・・」
慧さまは、喜びと尊敬の混じった目で見上げる猫たちを見て呟いた。
「これが本当の招き猫・・・なのかな?」
【今回の報酬】
招き猫5匹
おまけ
お社の屋根の上。
晴天だというのに大きな枝によって作られた日陰。
屋根の上に腰掛け、足をブラブラしながら中の会話を聞いていた。
(ふっ、無事に元に戻ったようですね。)
(「ファンブルグの名物、似顔絵描きの猫たち」を守れ!
これにてミッションコンプリートですかな・・・)
にこっと笑うと、音もなく屋根から飛び降りて、ファンブルグの街の人ごみに
溶け込んでいった。
ep.1 Fin
Special Thanks to アイン、ツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフ
[4回]
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