「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
すれ違った人に思わず挨拶をしてしまう、とても気持ちのいい朝。
リセリア城の中庭に集う乙女たちが、天使のような微笑みを浮かべ、城門をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、淡い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、ヘッドセットは揺らさないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない娘など存在しているわけがない。
ファンブルグ名物露店。
ここは乙女たちの楽園かつ戦場なのだ。
そんな乙女たちに交じった少女がひとり。
(今日も一日がんばらなくては!)
胸の前で小さくガッツポーズをすると、少女はバスケットを腕に下げて歩き始めた。
あれっ、そっちは違うんじゃない?
他の乙女たちは東地区のメインストリートの方に向かっているのに、その娘は反対の西地区の病院の方に向かっていく。
入り組んだ小路を迷うことなく進んでいくあたり、初めてではなく何度も通ってるのかもしれない。
やがてとある1軒の屋敷の前にくると、ぺこっと頭を下げてからその門の前を通り過ぎて、隣家の垣根との隙間にペタンと座った。
そして腕に下げたバスケットからお茶の入った水筒とバケットと取り出すと、懐中時計で時間を確かめる。秒針が12を指し8時30分になったのを見るめると、先ほどの家の方を向いて
「いただきます」
と言ってから、バケットをちぎって口に入れた。
「今日こそうまくいくといいなぁ・・・」
少女はお茶のカップを置くとそう呟いた。
昨日サータルスには、普段通りに過ごすように指示をした。
万が一のために、斎(いつき)にはエクサリアの護衛役として邸宅に残るよう言ってある。
左之助もやや離れたところからついてきてるはず・・・。
「それにしても・・・」
慧さまは、何度めかの溜息をつきながら思わず声に出して呟いた。
9時前には、屋敷を出て、南地区の闘技場へ向かいトレーニング。
その後、東地区の露店で武器や防具、薬などを購入してから昼過ぎには、リセリア城の傭兵の詰め所でスタンバイ。
傭兵としていくつかのクエストをこなしたあと帰宅。
事前にエクサリアから聞いていたスケジュールとほぼ変わらない。
(なんなの、あのマメさ加減は・・・)
彼が邸宅を出てからここまで声をかけた女性の数は、いったい何人に上るだろう・・・。道行く女性に始まって、闘技場の受付嬢、スキル販売員、露店の売り娘たち・・・。
(戦闘中に雇い主をナンパする傭兵なんて初めて見たわ・・・)
そんな女性大好きなサータルスがなぜ気がつかないのか・・・
自分の後ろをちょこちょこついて歩いているピンクのメイド服の少女に・・・。
慧さまは首をかしげる。
その少女に気づいたのは監視を始めてすぐのこと。
年の頃は16~17くらい、斎ちゃんとそんなにかわらない。
かつて「伝説のメイド」と言われたエミリアが着ていたメイド服を着て、左腕にはバスケットを下げている。
丸くてちょっと垂れた目。ちんまりとした鼻。美人ではないけど愛嬌のある顔立ちをしている。
サータルスが屋敷を出てから、帰路に就いた今までず~~~っと同じルートをついてきた。
最初は、サータルスが彼女を泳がすためにわざと知らんぷりを決め込んでいるのかと思ったけど、どうやらそうではなく真剣に気づいてないらしい。
なぜなら、その少女が何もないところでつまづいた拍子に持っていたバスケットの中身をぶちまけた時も、露店の店先で果物籠を倒してパニックになったときも、一瞥しただけですぐに視線は他の女性に移っていた。
(まあ、いいか・・・)
慧さまは頭をかいた。
この子をサータルスに引き合わせた上で、事情を聞けば仕事はおしまい。今回は戦闘もなしで、楽勝楽勝・・・。
慧さまは、暗がりからサータルス家を見つめてる少女に声をかけた。
「ちょっとあなた・・・」
「ひゃうっ」
少女は飛び上がった。
「ずっとサータルスをつけまわしていたのはあなたね?」
「・・・はうぅ、見つかっちゃいましたぁ」
「はぁ?見つかったって・・・あなた隠れる気なんてなかったでしょ?」
「・・・困りましたねぇ。このことは忘れてくれませんかぁ?」
「なにを言ってるの?いいから、ちょっとこっちにきなさい!」
「はわゎゎ・・・」
すっかり意気消沈した様子の少女を連れて、サータルス邸の呼び鈴を鳴らした。
★
返事がないので、
「サータルス、入るわよ」
と言いながらドアを開けると、
「ええっ?」
慧さまは信じられない光景を目の当たりにした。
膝をついた斎をかばうサータルス。その前にナイフを手にしたエクサリアがいる。
眼はうつろで、灰色になった唇からは人語ではない「キシシシ・・・」という音が漏れている。
入ってきた慧さまに気づいた斎が、
「お姉さま!」
「斎ちゃん!大丈夫!」
「私は大丈夫ですが、サータルスさんが私をかばって怪我を・・・」
「ははっ、こんなもの怪我には入らない、棘がささったようなものさ」
そういう卿の左腕からは血がポタポタと落ちている。
「オニイサマ、ソコドケテ、ソイツヲコロスカラ・・・」
にじり寄ってくるエクサリアがナイフを振り上げたその時・・・。
ガシャン!
窓を破って左之助が飛び込んでくると、
「すまぬ・・・」
とひとこと、エクサリアの脾腹にあて身をくらわせた。
崩れ落ちる身体を椅子に座らせる。
「ありがとうございます」
はぁと息をついた斎が説明する。
「みんなの帰りを待っていたら、エクサリアさんが苦しみだしたかと思うと、突然ナイフを持って襲いかかってきたんです、そこに帰ってきた卿が・・・」
「エクサ・・・いったいどうしたんだ・・・」
負傷した腕を押えたサータルスが彼女に近づいたその時、意識を失ったエクサリアの影から何かが飛び出した。
「ヒヤァア、ハハハ!」
「シャドウ・・・」
左之助が斧を構えた。
「気をつけて!人間の影に寄生し生体エネルギーを吸い取っていくという魔物ですっ!」
斎が叫ぶ。
「ニンゲン ノ ココロ トテモ オイシイ・・・トクニ、チョット ヨワッタ ココロ サイコウ!キシシシシ・・・」
「なるほど、エクサのエネルギーを吸収しながら、身体を操って次の寄生先を探してたってわけね」
「キシシ・・・、コイツ ノ ココロ タベゴロ、トッテモ オイシソウ!」
「くっ!よくも、わが妹を辱めてくれたな・・・」
サータルスは唇を噛んで、
「わが手によって滅してくれよう!」
左腕を押さえたまま、立ちあがった。
「イタダキマスッ!」
シャドウがエクサリアに手を伸ばす。
「させないわよっ!」
慧さまは、魔物の手が届く前に、椅子ごとエクサリアの身体を左之助の方へ突き飛ばす。
左之助は身体だけを受け止めると、後ろの斎に、
「頼む!」
と声をかけ、エクサリアを預けた。
そしてそのまま低い体制から、
「あたれっ!!戒驕戒躁!」
回転しながら切りつけた。
真っ直ぐに振り下ろされた斧の一撃によろめく魔物に向かって、高く跳びあがった慧さまが、
「たあぁぁぁぁ」
という気合とともにナイフを打ち込む。
一撃必中!
ナイフは魔物の急所を貫いた。
「ギヤァァァァァ!」
「いまよっ!」
「はああぁぁぁ、気功弾!」
サータルスの手から放たれた気功弾によって、魔物は霧のように消え去った。
★
幼い頃から兄と過ごしてきたよね?
オニイチャン、アソボ
この世界に召喚されてからも、兄はずっと一緒だったじゃない?
オニイチャン、ダイスキ
兄は、いつも私のことを大切にしてくれているわ。昔も今もかわらずに・・・
オオキクナッタラ オニイチャンノ オヨメサンニ ナッテアゲル・・・
「・・・リア、エクサリア・・・」
私を呼ぶ声。ほらね、今でも、私のこと心配してるんだよ?
だから・・・
もう心配しなくていいから、ねっ。
大丈夫!、もう見守ってくれなくても大丈夫よ・・・
昔のわたし・・・
★
エクサリアが目を開けると、ほうぼうから一斉に安堵の溜息が洩れた。
サータルスの心配そうな顔がやけに可笑しく、思わず噴き出してしまう。
「どうやら、エクサの感じていた視線の正体はシャドウだったようね」
慧さまが言った。
「そうですね、シャドウは人の不安な不満を察知して、その影に忍び込むと言われています。きっとエクサリアさんの・・・」
斎が説明を続けようとすると、
「は~い、諸君、ありがとう」
サータルスが割って入った。
「いや~、君たちのおかげで視線の元は消えたようだし、これにて一件落着かな、はっはっはっ」
顔を見合わせる慧さまと斎。
「まあ、依頼人が納得してるんだから・・・」
ぽりぽりと頬をかきながら慧さまがいうと、
「そ、そうですね、そろそろお暇しましょうか・・・」
「うむ・・・」
なにか釈然としないものを残しながら、3人はサータルス邸を後にした。
一夜明けた翌朝。
「ああ~~~!!」
慧さまは、思い出した。
あのピンクの女の子・・・。
どさくさにまぎれて姿が見えなくなってしまったけど、いったいどこにいったの?
そもそも、あの子はなんなのよ~~
なんで、サータルスの後をつけてたの?
サータルスだけ彼女の存在に気づいていなかったのはなぜ???
もやもやした気分のまま、新聞を取るためにドアを開けるとそこに・・・
「あ~、おはようございますぅ~~」
「あ~~~!あんたは~~~!!」
にっこりと笑いながら立っていたのは・・・
ep.2 Fin (ep.3に続く)
Special Thanks to サータルス、エクサリア
[6回]
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