12月23日 23時 洞窟内深部
「まだ終わってません!」
「ねこたちが、相手になってやるにゃ!」
洞窟内部に力強い声が響き渡った。
「えっ・・・」
斎(いつき)が振り向くと、そこには弓を構えたみい姉と斧を構えるアインが立っていた。
「みいさん、アインさん・・・」
「斎さん、ここは私たちが食い止めます」
「早く、慧にゃとさにゃを回復するにゃ」
「・・・あ、ありがとう、みいさん、アインさん!」
斎は倒れている慧さまに向かって駈け出した。
二人は、ユカリコと浮舟に向き直った。
「今度は私たちが相手です」
「さっきは、不意を突かれたけど今度はそうはいかにゃいぞ」
「少年たちよ、その勇気と犠牲心は評価するが、君たちには勝ち目はない。すぐに退散したまえ」
天井のスピーカーがそう告げた。
「さっきもそう教えたはずですが・・・」
浮舟も両手を広げ肩をすくめる。
「同じことを何度も言われるのは、よい生徒ではありませんね」
「・・・」
ユカリコは無表情のまま、二人を見下ろす。
その時、
「その子たちを見くびらない方がいい・・・」
みい姉、アインの背後の暗がりから声がした。
「本気になったら、貴様ら束になっても太刀打ちできないぞ・・・」
「だれだっ?」
「?」
暗闇から現れたのは、車椅子を押している人物。
それは長い黒髪を後ろで束ね大剣を背負った長身の女性だった。
着ているものは何故か男性用のシャツとパンツ。
何よりも特徴的なのは薄暗い洞窟の中でも外すことのないサングラス。
「ぐ、グラ子さん・・・」
振り向いた斎は意外な人物の登場に驚いた。
王立飛び研究所で唯一の武闘派。
左之助と死闘の末ドローに持ち込んだ実力は相当高い。
彼女が押す車椅子はベールがかけられていて、何が載っているのかわからなかった。
「この方が、気絶してた私たちを介抱してくれたんです」
「ふふっ、グラ子さんの前で、みっともない戦いは見せられないにゃ・・・」
「どこの馬の骨かわからぬが、所詮、こいつらの敵ではない、ゆけっ、浮舟、そしてユカリコよ!」
スピーカーがハウリングを起こした。
「ふふふ、それではいきますかな・・・」
浮舟が大胸筋をぴくぴくと動かし、
「・・・」
ユカリコは無言で杖を持つ手を上げた。
★
右側の瓦礫の山に立った浮舟は、相手は剣を使うとみて、ポージングしながら体表上にオイルと同様の効果を持つ汗の被膜を張ろうとしている。
「行きますっ」
弓を引き絞ったみい姉は、突っ込んでこようとする浮舟の足元を狙い釘づけにしようとする。
しかし浮舟は矢を弾き飛ばしながら、次第にみい姉を追い詰めていた。
みい姉の放つ矢は、浮舟の足を完全に止めるには至らなかった。
「効かんですぞ!」
「くっ・・・」
浮舟はあえて飛んでくる矢をよけることはしなかった。
鍛え上げた筋肉の鎧は矢で射抜かれることはない。
さらにオイルの効果もある。
矢ごとき恐れるに足らず、そう慢心していた。
しかし、たった一本の矢が、浮舟の動きを止め、戦況を変えた。
一本の矢が、浮舟のつま先を傷つけ、突如、視界が闇に閉ざしてしまったのだ。
「ぐっ・・・、こ、これは・・・」
「暗撃 茸・・・」
みい姉が応える。
「み、見えん!ど、どこだ?どこにいる・・・!」
「私の役目はここまでです」
「な、なんだと・・・」
みい姉を捕えようと、声の方向に手を伸ばす浮舟。
その後ろに立つ人影。
「貴様の相手はこっちだ!」
槍を手に立ちあがったのは左之助だった。
「生きておったか・・・」
「貴様を地獄に送り込むまでは何度でも生き返る・・・」
「うぉぉぉおおお」
絶叫とともに掴みかかろうとする浮舟に、
「ピリアルド!」
槍を水平に構えて突きを繰り出す左之助。
しかし、オイルの効果でダメージを与えることはできない。
「左之助さまっ!」
みい姉は、所長から貰ったバッチを浮舟に向かって投げつけた。
浮舟の左胸、ちょうど心臓の位置に張り付くバッチ。
「そこですっ!」
「ピリアルド!」
左之助の槍は深々とバッチを貫いた。
「ぐはっ」
膝から崩れ落ちる浮舟。
「まだにゃ・・・、みい姉、この瓶を射つにゃ!」
いつの間にかやってきたドライが、浮舟に向かってガラス瓶を放り投げた。
「はいっ、一射・・・入魂!」
矢に貫かれたガラス瓶が粉々に砕け散り、中に入っていた液体が浮舟に降り注ぐ。
「ぐぁぁあああああああ」
絶叫しのたうちまわる浮舟の身体は、白煙を発しひと固まりの灰となったが、それも風に飛ばされて消えてしまった。
「やりました!」
「うん、やったにゃ・・・」
「・・・ありがとう・・・二人とも・・・」
膝をついた左之助には二人の勇士が眩しく見えた。
★
一方、左側の瓦礫の山に立つユカリコは、杖を構え呪文の詠唱に入った。
「うにゃぁぁぁあああああ」
素早い動きでかく乱しながら、ユカリコの懐に飛び込み斧を振るうアイン。
ユカリコはすっと後退する。
アインは、そこに、さらに回転しながら斧を打ち込む。
「どうにゃ、戒驕戒躁にゃっ」
ユカリコは詠唱を止め杖でガードした。
「まだまだー!!」
いったん離れて、再度助走をつけて回転しながら飛び込む。
その素早い攻撃に、ユカリコはなかなか詠唱に入ることができない。
ユカリコは、連続して襲いかかる斧の攻撃を持て余し始めていた。
(間合いを置いて、遠距離から攻撃魔法で仕留めてやろう・・・)
「ヴォルケーノ!」
「うにゃっ!」
威力の弱い火の玉を打ち込み、アインが怯んだ隙に、通路に逃げ込んだ。
アインはどうやら見失ったようで、きょろきょろとあたりを見渡している。
(かかった!)
その姿を見ながら、詠唱を始めた時・・・。
ずぶっ!
飛んできたナイフが胸に突き刺さった。
「・・・!」
通路の奥からキコキコと車椅子がやってくる。
「こっちへ来るのを待っていたよ・・・」
「・・・お、おまえは・・・」
「・・・自分の不始末は自分でケリをつけなきゃな・・・」
「・・・」
目から光を失っていくユカリコ。
「ツヴァイ・・・」
「諾」
車椅子の横にいたツヴァイは頷くと、乗っている人物にガラス瓶を手渡した。
蓋を開けると、瓶ごとユカリコに向けて投げつける。
すでに生命力を失いつつあったユカリコは、声を上げることもなくやがて白い灰と化した。
「・・・さようなら・・・わたし・・・」
車椅子から立ちあがったユカリコは、灰の山を見つめて呟いた。
★
「くそっ!これはどういうことだ!」
モニタに映る信じられない映像・・・。
彼の研究成果であるアーキタイプたち。復活させた野分も、浮舟も、空蝉も・・・。
そして、苦労して蘇らせたゆかりこ姉妹も・・・。
*ただの*勇者候補たちにことごとく消されてしまった。
そう・・・文字通り「消されて」しまったのだ・・・。
あと数分で日付は変わり、12月24日になる。
この日こそ、アーキタイプたちが世にその姿を現し、自分とそして自分たちの主(あるじ)の理想とする世界を築きあげるための聖なる戦いが始まる日だったはずなのに・・・。
そうだ・・・このことを主に伝えなくては・・・
指令席から立ち上がり、ドアを開けようとした時、声がかかった。
「どこにいくつもり?」
「き、貴様、どうしてここを・・・」
「配線の先をたどれは誰だってわかるわ」
「誰か、誰かおらんのか!」
「無駄よ・・・、あんたの手下たちで、動けるものはもういない・・・」
「くぅ・・・」
「あんた、ちょっとやりすぎたよね?」
「な、なに・・・」
「多くの人を苦しめ、傷つけ、その命を弄んだ・・・」
「そ、それは、研究のために・・・」
「あんたには、その命で償ってもらうわ・・・」
慧さまは、ナイフを構えた。
★
『あんたには、その命で償ってもらうわ・・・』
みんな、スピーカーから聞こえてくる会話をかたずをのんで聞いていた。
「お、お姉さま・・・」
『これは・・・』
ビシュッ
ナイフが風を切る音。
『実験のために奪われたすべての命の恨み!』
『ぎゃぁああああ』
男の叫ぶ声。
「慧殿・・・」
『これは・・・』
ビシュッ
ナイフが風を切る音。
『心を苦しめられた家族や友達の恨み!』
「・・・慧にゃ・・・」
「哀」
「・・・けいにゃ・・・」
『これは・・・』
ビシュッ
ナイフが風を切る音。
『傷つけられた仲間の恨み!』
「・・・えぐっ・・・えぐっ・・・」
「もう、いいよ・・・慧さま・・・」
「・・・」
『そして、これは・・・』
ビシュッ
ナイフが風を切る音。
『もうひとりの私の恨み・・・!』
天井のスピーカーからは、もう何も聞こえてこなかった。
★
それからしばらくたって、慧さまを探すメンバーたちは、壁にナイフで縫い止められた小男を発見することになる。
男はうつろな目でぶつぶつと何事かを呟いていたが、意味のある言葉とは思えなかった。
男の胸には、
「この者、極悪犯人!」
と記されたカードが挟まれていた。
★
12月23日23時50分 リセリア城内
男には、執務を終えてから寝るまでにする楽しみがあった。
最後の羊皮紙に署名を行いペンを置くと、しばし冥想してから立ち上がった。
壁際にしつらえられた椅子に腰掛け、目の前の蓋をあける。
彼は鍵盤の上に指をおいて、静かにメロディを奏で始めた。
楽譜を開かなくても、この曲は最後まで演奏できる自信があった。
演奏の途中、ロウソクのゆらめきで空気の流れが変わったのに気づいた。
誰かがドアをあけ、部屋の中に入ってきたのだ。
「猊下・・・」
「こんな夜更けに何か御用ですかな・・・?」
鍵盤から手を離さずに尋ねる。
「猊下をお迎えに上がりました」
「迎え?」
「陛下がお待ちです・・・、ドクトルは既に拘束され、こちらに向かっていると・・・」
「そうですか・・・」
部屋の中に入ってきたのは、この使者だけかもしれないが、おそらく外は王宮の近衛兵たちが取り巻いているのだろう。
男は指を止めた。
静かに蓋を閉じると、
「陛下をお待たせするわけに参りませんな」
ようやく振り返って、迎えの使者を改めて見た。
銀髪に眼鏡をかけた青年。
貴族の服を身に着けているが、どうもとってつけたような雰囲気が拭い去れない。
(きっと普段は、軍服でも着ているのだろう)
そう感じた。
「行きましょうか」
「はいっ」
使者は丁寧に会釈をした。
ふと、顔を上げながら
「畏れながら猊下・・・ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何かな?」
この場で何を問われるのか・・・、罪の意識でも問おうというのであろうか・・・。
男は緊張したが、
「先ほどまで、演奏されていた曲・・・、あれは賛美歌ですか?」
発せられた質問に意表を衝かれた。
「あれは・・・、賛美歌などではない」
「ほう・・・、そうなのですか?オルガンの音色に合っていると思いましたが・・・」
「あれは、私がここに召還される前に、好きだった曲なのだ・・・」
「ほほう・・・、なんという曲か伺ってもよろしいですか?」
「ええ・・・」
男は、民衆を前に神の言葉を伝えるときと同じ生真面目な表情で告げた。
「ジョン・レノンのイマジンという曲です」
「ですぎた質問でした」
使者は再び深く頭を下げた。
ep.13 Fin
おまけ その1
「センセ、センセ~、どこいってもたんや・・・、ちょいと目を離したすきに、かなわんなぁ、しかし・・・洞窟の中で置き去りって、まったくシャレにならんで、ほんま・・・」
洞窟の中でエクサリアを見失ったハイデッカーであったが、
「ん?なんか、足音がしたような・・・地獄に仏とはこのこっちゃ・・・お~~い、誰か~~」
足音の方向に駈け出した。
おまけ その2
「おねーちゃん、本当にこっちでいいの?」
「間違いないわよ、ほらっ、足跡がついてるじゃない!」
「ねぇ、おねーちゃん、これって、わたしの靴のだと思うの・・・ほらっ・・・」
「ええっ?」
「きっと、前にここを通った時のじゃないかな・・・」
「ああ、もうっ!・・・誰か、出口まで連れていってよぉぉぉぉおおおお」
ふたりは、遠くから聞こえてくる足音に、まだ気づいてはいなかった。
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