12月23日22時30分 迷宮内研究施設。
長い黒髪に、クリスタルをモチーフにしたヘアバンドのモチーフが煌いている。
白い肌、薄い唇。
まとっているローブは、生命の息吹を感じると好んで着けていた緑色。
右の薬指には魔法による攻撃力を増力する「冷たい指輪」が光っている。
そして・・・。
薄く開かれた目はクリスタルのように透明だけど、何も映してはいないように思われた。
「えーと、ゆかりこさん、ゆかりこさん、聞こえますか?どうぞ」
空蝉は、ふざけた口調で声をかけたが、対するゆかりこは
「はい、マスター」
ごくごく真面目に応える。
「ゆかりこさん、こっちへきてください」
「はい、マスター」
ゆかりこは、まっすぐ正面を向いたまま、歩き出した。
呆気にとられているサータルス、フィーア、フュンフの前を通り過ぎる。
「ゆかりこ・・・」
フィーアの呟きも耳に入らなかったのか・・・。
ゆかりこは表情を変えることもなく空蝉の隣に並んで立った。
「さてと・・・」
空蝉の目が細められた。
「さっそく、ゆかりこと対決してもらおうかと思ったけど・・・そのメンバーじゃ、ゆかりこを出すまでもないんじゃないかなぁ・・・」
「なんだと・・・」
「ぶ、ぶじょくにゃ」
「・・・ねこもせんとうしゅるの?」
「とりあえず、こっちと闘ってみてくれる?」
制御席に座った空蝉がボタンを押すと、左側の壁がスライドして、中からわらわらと兵士達が現われた。
「ゆかりこほどじゃないけどね、戦闘力の強い兵士を素にして作ったアーキタイプだよ・・・」
「あーきたいぷってなんにゃ?」
「試作品ということだ」
「なっ・・・しさくひんだとぉ・・・ねこたちをなめるにゃっ」
フィーアは威勢よく言う
「そんな、しさくひんにゃんかは、このたるがいっそうするにゃ・・・」
「おいっ!人任せか・・・」
サータルスは目をむいたが、
「まあいい・・・ちょうど私も無性に暴れたい気分だったのでな・・・」
二人から数歩離れると、構えを取った。
「ふふっ、いけっ!アーキタイプたち!!」
(マミコさん、いるか?)
(はいっ、ずっとそばに・・・)
(・・・あ、ありがとう・・・、援護を頼むぞ・・・)
(はいっ)
★
5体のアーキタイプがサータルスを取り囲んだ。
サータルスは、たんたんとリズムを取りながら、1体目が上段から振り下ろす剣をスェーでかわしざまに、カウンター気味にアッパーを打ち込む。のけぞったアーキタイプは、連続して繰り出されるパンチで、そのまま崩れ落ちた。
2体目が動きを止めようと足下をなぎ払ってくるところを、跳躍からの上段回し蹴りで吹き飛ばす。
3体目は、体勢を低くしてまっすぐに剣を突き出しまま突っ込んできたが、馬跳びの要領で飛び越えると同時にその背後にいた4体目に両手をクロスして体当たりする。
サータルスにかわされて、勢いあまって突っ込んできたアーキタイプは、待ち構えていたフィーアが斧で殴って動きを止めた。
その兜が煤けていたり、ところどころ焦げたような跡がついていたのは気のせいかもしれない。
「ちっ、やっぱり雑魚は雑魚か・・・」
指を噛みながら戦況をみていた空蝉は舌打ちをした。
「ちょっと早いけど、まあいいか・・・」
そう呟くと、傍らのゆかりこに向かって、
「ゆかりこ、あいつらに挨拶してやりなよ・・・」
と、フィーアを指差した。
「はい・・・、マスター」
頷いたゆかりこは、倒れたアーキタイプをぽこぽこ殴っているフィーアに向けて指を振る。
「サイアロー・・・」
一条の稲妻が、フィーアを打ち抜こうとしたとき・・・。
強い力で、フィーアは引っ張られ、地面に転がり、フィーアの立っていた場所に、大きなクレーターができた。
(ふぅ・・・あぶないところでした・・・)
「ゆかいこ…!?」
フュンフも驚きのあまり動けないのか、固まっている。
「いかん…」
サータルスは、気攻弾を放ち、5体目のアーキタイプを吹き飛ばすと、フィーアとフュンフの元に戻った。
「大丈夫かっ?」
「うん、ねこはだいじょうぶだけど…」
フュンフはそう言いながら、フィーアの方を見た。
フィーアは茫然としている。
「フィーア、しっかりしろ」
サータルスが、両肩を掴んで揺さぶる。
「ゆかりこ…、ねこをねらった…」
フィーアは大きなショックを受けて立ちすくんでいた。
サータルスは、
「いいか、よく聞け」
フィーアを見て言った。
「あれは、ゆかりこじゃない、ゆかりこの姿を真似した偽物だ…」
「だって…」
「嘘じゃない!」
「じゃあ、ほんとのゆかりこは…」
「そ、それは・・・」
「お話中、すいませんが…」
姿を消したままのマミコの声がした。
「マミにゃ、いたの?」
フュンフが尋ねると、
「ええ、ずっと…」
すぐ後ろから声がした。
「それはともかく、第二弾が来ます」
マミコが言ったか言わないかのタイミングで落雷が落ちた。
「うわぁぁ」
とっさに反応したため直撃は避けられたが、砕けた床の破片がまるで散弾のように4人を襲った。
もうもうと土煙が舞う。
「みんな、大丈夫か?」
「・・・だ、だいじょうぶにゃ・・・」
真っ白になったフィーアが応える。
粉塵が目に入ったのか、フュンフは
「たるにゃ、めがいたい…」
と泣き出した。
「あっ、また兵隊来ます!」
マミコが叫ぶ。
土煙の向こうからザッザッザッと足音を立てて、アーキタイプが現われた。
「ちっ・・・」
サータルスは、フィーアたちからアーキタイプを引き離そうと、左側に走る。
「こっちだ・・・」
サータルスの思惑通りアーキタイプたちはひきつけることが出来たが、問題は一気に殲滅する手段がない。
ゆかりこが参戦する以上、1体1対相手をしているうちに強力な魔法を打ち込まれたら、さすがのサータルスとて万事休すだ。
(このアーキタイプたちをなんとかしなくては・・・)
その時、
「サー、これを使いなさい・・・」
サータルスに向かって、起死回生のバトンが投げられた。
★
「エクサリアさん!」
「ねーにゃ・・・?」
研究室のドアにもたれかかるように立っているのはエクサリアだった。
「それを・・・」
しかし、わき腹を押さえ、立っているのがやっとのようだ・・・。
「あの・・・兵たち・・・に、使いなさい・・・」
そう言うと、そのまま、ずるずると座り込んでしまった。
「おうっ・・・」
サータルスは、瓶の蓋を外すと自分を取り囲むアーキタイプたちに中身を降りかけた。
「くらえっ!」アーキタイプたちは、シューという音を上げ、身を捩りながら白煙に包まれ、やがて灰燼となった。
「すごい・・・」
その効果にマミコが驚嘆する。
「えーーー、なんだ、なんだ?」
その様子を見ていた空蝉は、
「ま、まさか・・・、アーキタイプが消滅するなんて・・・」
指を噛むと、
「ゆかりこ、あの薬を使われるとまずいよ・・・、あいつらごと消しちゃって・・・」
傍らのゆかりこに命じた。
「はいっ・・・、マスター・・・」
ゆかりこは詠唱を開始した。
「ふふっ、みんな吹っ飛んでしまえっ!」
空蝉が叫ぶのと同時に、
「スレッジブロウ・・・」
部屋全体が竜巻に巻き込まれ、空蝉の言葉通りみんな吹き飛ばされた。
★
サータルスは飛ばされた際に壁に背中から叩きつけられ、フィーアとマミコも転がされた拍子にどこかにぶつかったのかうめき声を上げている。
部屋の入口にいたエクサリアは通路まで弾き飛ばされていた。
唯一、動けたのは目の見えないフュンフだけだった。
「ゆかいこ・・・どこ・・・?」
フュンフは手さぐりで、ゆかりこを探す。
「・・・フュ・・・、フュンフ・・・い、いくな・・・」
「あ、あぶ、あぶない・・・にゃ」
二人の声が聞こえないのか、フュンフは歩みを止めない。
自分に近づいてくるフュンフを無表情に見下ろすゆかりこ。
「ゆ、ゆかいこ・・・どこ・・・?」
手を差し出し、よちよちと、だけど、しっかり探すべき人に近づいていく。
「きゃははは、まだ100%の力ではないのに、強力だねぇ」
ミイラのように包帯を巻いた空蝉が笑い声を上げた。
「ひとりずつ順番にじわじわと焼いてよ」
感情の篭もらない目で、空蝉の方を見てコクンと頷き、そして再び手が上がった。
全てを切り捨てたかのように、呪文の詠唱に入る
「や、やめろ・・・、やめてくれぇぇぇええええ」
サータルスの叫びも、
「だめにゃ、そっちにいってはだめにゃ・・・」
フィーアの声も・・・。
そのとき。
フュンフの伸ばした手が、ようやく、ゆかりこのローブに届いた。
「・・・ゆかいこ?」
自分のローブを掴む小さな手。
見えない目を動かして、必死に自分のことを探す子。
「あのね、ねこね、ゆかいこのおかお、また、かいたげる・・・」
見えないはずなのに、ゆかりこの顔を見上げて、そう言った。
一瞬、呪文の詠唱が止まった。
「・・・まえにね、ゆかいこ、にてなくてはじゅかちいっていったから・・・」
「フュンフ・・・」
サータルスの呟き。
「ねこね、れんちゅうちたの・・・、まえより、うまく、かけるよ・・・」
今まではガラスのように温度が感じられなかったゆかりこの目に、光がさした。
★
それは、まだ平和な日常が続いていたときのひとこま。
草原で遊ぶにゃんこたち、それを見つめるゆかりこ。
「ゆかいこ~、できたよ」
じゃれあう兄弟たちから離れて絵を描いていたフュンフが、ゆかりこに声をかけた。
「あら、ありがとう、見せてくれる?」
「えへっ、はいっ・・・」
スケッチブックを差し出すフュンフ。
「あらっ、こんなにきれいに描いてくれて・・・、なんだか恥ずかしいなぁ・・・」
ゆかりこは頬を染める。
「いや、ゆかりこは、いつもうちゅくしいよ」
いつの間に来たのか、絵を覗き込んでフィーアが言う。
「もう・・・、フィーアったら、からかうもんじゃないわ」
「にゃははは」
「うふふふ」
「あははは」
・・・
★
「・・・フュ・・・ン・・・フ・・・?」
ゆかりこの口から呟くように漏れた言葉。
「ゆかいこ、ゆかいこ・・・」
フュンフが足にしがみついた。
「あーーー、なにそれっ?」
いらだたしげな空蝉の声が、沈黙を破った。
「もう・・・、三文芝居は、それくらいにしてくれないかな・・・」
ゆかりこの目は再び空蝉に向いた。
「そんなに、このチビが気になるなら・・・」
ゆかりこの足にしがみついたフュンフを引き剥がすと、
バサッ
袈裟懸けに切りつけ・・・、
声も上げずにフュンフは倒れた。
「フュンフーーーーー!」
「うわぁぁぁああああ」
倒れたフュンフをじっと見つめるゆかりこ。
「ははは、さ~て、次はこいつらだよっ」
空蝉は、倒れているサータルスたちを指差して、
「もう、じわじわいたぶるのはやめたっ、一気に止めを刺しちゃっていいよ」
ゆかりこは頷くと、呪文の詠唱を再開した。
「くそっ・・・」
「ゆ、ゆかりこ・・・」
「どう?信じてた自分の仲間に止めを刺される気分は?悔しいでしょ?ひゃははは・・・」
ゆかりこの杖が四人に向けられた。
「ばいば~い」
わざとらしく手を振る空蝉。
杖は、大笑いする空蝉の方に向き直り、業火を吹き上げた。
「うがぁわわわわ」
顔に巻いた包帯に引火し、まるで人間トーチとなった空蝉は、身悶えしながら転げまわる。
「サータルス・・・止めを・・・」
「ゆ、ゆかりこ・・・」
「・・・しょうきにもどったにゃ」
「早く・・・」
サータルスは頷いて、気攻砲の構えを取る。
「貴様だけは・・・心の底から憎む・・・」
「や、やめて・・・」
「地獄に落ちろっ!」
裂帛の気合とともに放たれた気の塊は、空蝉の身体を跡形もなく四散させた。
★
振り向くと、ゆかりこは倒れたフュンフを抱きかかえていた。
「フュンフっ!」よろよろと近づくサータルス。
「ふゅんふ・・・」フィーアも這うようにやってきた。
「大丈夫、息はあるわ・・・ショックで気絶してるだけ・・・」
「しかし・・・」
「・・・これが」
ゆかりこはフュンフの胸元から真っ二つに切られた筆を取り出した。
「フュンフの命を救った・・・」
サータルスは、ゆかりこの手からフュンフを受け取ると、しっかり抱きしめた。
「よかった・・・」
★
「ゆかりこぉ・・・」
「フィーア・・・大きくなったね」
ゆかりこはかがんで、フィーアと目線を合わせた。
「ゆかりこ・・・なんで、あいにきてくれなかったにゃ・・・」
「ごめんね・・・」
寂しげに微笑むゆかりこ。
「いっしょに帰るにゃ?そして、そして、また、ねこたちと、あそんでくれるにゃ?」
「ごめんね・・・」
「・・・なんであやまるにゃ?ねこにはわかんにゃい・・・」
「フィーア・・・」
サータルスが声をかける。
「フィーア・・・、やさしい男の子になってね・・・そして、みんなを守れる強い子になってね・・・」
フィーアをぎゅっと抱きしめた。
「いやにゃ・・・、そんなこというにゃ・・・、そんな・・・そんな・・・」
ゆかりこの腕の中で、いやいやをしながら
「さよにゃらみたいなこというなぁ・・・・」
「サータルス・・・」
立ち上がったゆかりこはサータルスに向かい
「ありがとう・・・」
「いや・・・」
「この子たちのこと・・・これからもよろしくね・・・」
「・・・ああ」
「ここは、私が始末します、早くこの場を離れて・・・」
「いや・・・」
フィーアはいやいやをする。
「わかった・・・、よろしく・・・たのむ」
サータルスは深く頭を下げた。
「じゃあね・・・」
ゆかりこは微笑みながら手を振る。
「いやぁ・・・ねこも、ここにのこるぅ」
「フィーア、いくぞ・・・」
フィーアの手を引く。
「たるにゃのばか、おまえなんかきらいだ・・・」
「ゆかりこが好きなんだろ?まだ、ゆかりこを苦しめたいのか?」
「・・・」
「行こう・・・」
引っ張る手に抵抗がなくなった・・・。
★
前を行くエクサリア、マミコを追いかけるサータルス。
気を失ったままのフュンフを背負い、フィーアの手を引きながら、地下通路を走る。
サータルスは音が聞こえなくなればいいと思った。
そうすれば、フィーアのすすり泣く声も聞こえないし、やがて聞こえるであろう爆発音も聞かなくてすむのに・・・。
そう思いながらひたすら走った。
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