12月23日22時 ファンブルグ市街
「あっ、雪・・・」
誰かの声に、街を行く人々が夜空を見上げ、足を留めた。
「雪が降ってきたね」
「積もるかなぁ」
これまでも、何度か雪は降ったけれど、街を白く染め抜くには至らなかった。
「今度こそ、積もればいいね」
「今年はホワイト・クリスマスが見られるかしら」
「あと2時間あまりで、クリスマス・イブかぁ・・・」
「楽しみだね」
「うん、楽しみだね」
ファンブルグの街は、まだまだ平和な夜が続いていた。
12月23日21時45分 洞窟内部分岐点
慧さまたちがアーキタイプ軍団と衝突するちょっと前。
「みい姉、こっちから慧にゃたちの気配がするにゃ」
洞窟の分かれ道で立ち止まったアインはひくひくと鼻を動かして、そう言った。
「はいっ」
「でも・・・気が入り乱れているにゃ・・・」
「えっ??」
「急いだ方がいいにゃ・・・」
「は、はいっ」
再び走り出そうとした二人をさえぎるように、巨大な人影が現れた。
「そこの子どもたち、待ちなさい」
「にゃっ!」
「!?」
「ここから先は、子どもは立入り禁止なんだよ」
黒い影は、そう言いながらクネクネと身体を動かしている。
「悪いことは言わない、回れ右して街に戻りなさい」
「アインさん・・・どうやら敵っぽいです・・・」
「そうだにゃ・・・」
ヒソヒソと二人は声を潜めて、
「相手は一人だし、慧にゃたちが待ってるから・・・」
「強行突破ですね?」
「いくにゃっ!」
ポージングを続ける巨大な人影の後ろを指差し、
「「あっ、あれは・・・?」」
声を揃えると、人影も、
「なんですと?」
釣られて振り返った。
「今にゃ!」
人影の両脇を駆け抜けたかと思ったとき・・・。
「そうはいきませんぞ」
人影は、二人をむんずと捕まえ抱きかかえた。
「いやぁーーー、ぬるぬるして気持ち悪いですーーーー」
「うにゃぁぁあああ、はなしぇぇえええええ」
腕の中で暴れる二人を、
「君たちのような元気な子は、嫌いじゃないですぞ」
人影はハグする腕の力をこめた。
しばらくは抵抗を続けていた二人だったが、やがて動かなくなった。
★
12月23日22時15分 洞窟内部
「くらえっ、乱射 初!」
慧さまが矢を放ち、
「煌(きらめ)きよ、その意を示せ!ヴォルケーノ!!」
斎(いつき)は、攻撃魔法で援護する。
「はっ、諸刃 桜!」
刀を振るう左之助。
もう何体のアーキタイプを倒したか・・・。
動きを止めたアーキタイプが、そこここに転がっているが、3人はそれでも攻撃の手を休めることはなかった。
アーキタイプの残りが数えられるようになったとき、再び天井のスピーカーから声がした。
「ふーむ、アーキタイプとは言え、能力は鍛えた勇者候補の数倍にはなるというのに・・・、そのアーキタイプをことごとく打ち破るとは、君たちは只者ではないな・・・」
「ふんっ・・・所詮、雑魚の戦闘員じゃないの・・・」
慧さまが鼻白むと、
「ほう・・・、それじゃあ、怪人・・・いや、そのランクは飛ばして幹部クラスと闘わせてやろう・・・、後ろを見たまえ」
3人が振り向くと、そこには巨大な人影があった。
4尺7寸(約180cm)ある左之助よりも更に頭ひとつは大きい。
暗闇から一歩出ると、全貌が見て取れた。
銀髪は後ろに撫でつけ、口髭を生やし、赤銅色に焼けた筋肉を惜しげもなくさらす中年男。
その身につけているのは、真っ白な六尺だけ・・・。
「紹介しよう、『人形(ひとがた)の浮舟』だ、アーキタイプとは一味違うぞ・・・」
斎は浮舟が両脇に何かを抱えているのに気づいた。
「お、お姉さま、あれは・・・?」
「!」
「・・・あれは」
浮舟が抱えているもの、それは魂の抜けた人形のように見えた。
「アイン!みいちゃん!」
「心配はいりませんぞ、ちょっと強めの愛情表現をばしたら、喜悦のあまり昇天しただけですからな・・・ははは」
「あんた・・・、ゲイだけではなくロリとショタ属性もあったの・・・」
「失敬な!私はあまねく人を愛するもの・・・オールラウンダーのバイセクシャルだ」
浮舟は胸を張る。
「あのねっ・・・」
「・・・そうか、貴殿が浮舟・・・」
何か言おうとした慧さまをさえぎるように、左之助が前に出た。
「そんな子どもたちでは、物足りぬであろう・・・」
手にしていた剣を鞘に収めると、今度は背にしていた槍を取り出し、2、3度振るうと左前半身に構えた。
「私がお相手しよう」
「ほほう・・・、その構え・・・○○流ですな。実に面白い」
抱えていた、二人を傍らの岩場に乗せた。
「こうみえて、私は古柔術もかじっておるのですよ」
改めて、両手を頭の後ろで組むと、アドミナブル・アンド・サイのポーズを取る。
「槍術と古柔術・・・、悪くない勝負ができそうですな」
腰をクネクネと動かす様は、見ている全てのものの嫌悪感を募らせた。
「ごたくは結構だ・・・」
さすがの左之助も頭にきているようだ。
「そろそろ行きますよ」
浮舟が構えを取ったとき、
「まて、浮舟・・・」
天井のスピーカーから声がした。
「そこのお嬢様方も、ただ見物しているだけでは退屈であろう・・・、もう一人のゲストを呼べ」
「御意」
浮舟が後ろを向いて、
「お入りなさい」
と声をかけた。
暗闇からコツコツと足音が響いてきた。
フードのついたローブを目深にかぶり表情は見えないが、どうやら魔術師か呪術師と思われた。
その人物は、浮舟の横に立つと、フードを撥ね退けた。
「そ、そんなバカな・・・」
「あ、あなたは・・・」
慧さまも斎も驚きのあまり言葉にならない。
フードの下から現れた顔は、斎が必死になって探していたスールことユカリコのそれであった。
しかし、ガラスのような目からは、一切の感情を感じることができなかった。
「紹介しなくても誰だかわかっているようだな。ここに落ちていた杖からは二つのDNAが採取できたのだよ・・・、ひとつは本来の持ち主、魔術師のゆかりこのもの・・・」
天井のスピーカーは冷酷に告げる。
「そして、もうひとつのDNAから再生できたのが、ここにいる妹ユカリコなのだ・・・」
「ユ、ユカリコさんは、やはり・・・」
落胆する斎に、
「斎っちゃん、諦めちゃダメっ、まだわからないでしょっ!」
慧さまが叱咤する。
「君たちが探していたユカリコだ・・・闘うのは心が痛むだろう、ははは」
あざわらうかのようなスピーカーの声であったが、慧さまは
「あはははは・・・」
声を上げて笑っていた
「お、お姉さま?」
「いずれにしても、よかったわ・・・」
慧さまは不敵な笑みを浮かべた。
「よかった?」
怪訝な顔で尋ねる斎。
「そうよ、姿は似てるかもしれないけど、ここにいるのはユカリコではないわ」
にやっと笑うと、
「これが、催眠術で操られているのならばこちらからは攻撃できないところだったけど、偽者とわかっているなら攻撃の手を緩めることはない、斎っちゃん、左の字、遠慮なくいくよっ」
「は、はいっ」
「・・・承知」
★
斎はその場で呪文の詠唱を始める。
「煌(きらめ)きよ、その意を示せ、グランドメテオ!」
浮舟とユカリコは、その場から飛んで、降り注ぐ隕石をよけた。
「一射入魂!」
慧さまは、着地したユカリコを狙って矢を放つ。
ユカリコは手にした杖を軽く振ると、一瞬で風の渦が吹き上がり、飛んできた矢の勢いを殺した。
「くっ・・・風の楯ってわけね・・・、それなら・・・」
慧さまは天井に向けて、
「乱射!」
今度は空から矢の雨が降り注ぐ。
ユカリコが杖を上に向けると、またも風の渦が矢を吹き飛ばす。
その一瞬。
「速攻 塵!」
弓を投げ捨てた慧さまは、目にも留まらぬ速さでユカリコに迫ると、胸にナイフを突き立てた。
「やったっ」
声を上げる斎。
「・・・悪いわね、盗賊の得意武器はナイフなのよ」
慧さまはふふっと笑みを浮かべる。
しかし・・・。
「・・・」
ユカリコは無表情のまま、杖をなぎ払った。
「えっ?」
驚く斎。
「かはっ・・・」
反撃を予想していなかった慧さまは、脇腹にまともに杖の一撃を受けて思わず膝をついた。
杖には、慧さまが突き出したナイフが刺さっていた。
「・・・くっ・・・、つ、ついてないわね・・・」
その慧さまに似向かって、再び杖を振り下ろすユカリコ。
「ぐはっ」
「やめて!」
絶叫しながら、斎は杖を構え、
「煌(きらめ)きよ、その意を示せ、サイアロー!」
慌てて詠唱したためか狙いは荒く、ユカリコは、なんなく後ろに飛びずさってよけた。
逆に、斎に杖が向くのとほぼ同時に、ほとんど無詠唱とも思えるタイムラグで杖の先から業火が噴出した。
「きゃっ」
無様に尻餅をついたのが幸いした。
間一髪、斎が立っていた場所を舐めるように猛炎が通り過ぎた。
這うようにその場を離れ、
(早く、お姉さまを回復しなくては・・・)
ヒールを詠唱しようとすると、ユカリコから攻撃が飛んでくる。
しかし先ほどからのアーキタイプとの戦闘で、体力も残り魔力も少なくなってきている。
(くっ・・・どうしたら・・・)
斎は徐々に焦りを感じていた。
★
一方、左之助は浮舟を追っていた。
大男、しかも筋肉の鎧をたっぷりまとった浮舟ではあるが、身のこなしは軽かった。
足場の悪い洞窟の岩場を、右に左に飛び移り左之助を翻弄する。
「はっはっはっ、地の利を生かすのも技のうち」
常に左之助よりも高所に位置する浮舟は、下から突き上げる槍をことごとくあしらっていく。
たまに身体に当たるかと思っても、吹き出る汗によって無効化されている。
「はっはっは、攻撃はそんなものですかな」
左之助の渾身の突きもかわされてしまった。
「くっ」
「それでは、そろそろこちらから行きましょう、高いところに上がったのは、攻撃力を半減させるためだけではないのですぞ」
浮舟は、はぁぁぁと気をこめると、思い切り跳躍し、そのまま左之助めがけてダイブした。
落下の勢いを乗せたパンチは左之助をそれ、地面に当り、破裂音とともに土煙を巻き上げた。
なんというその衝撃・・・。
わずか髪の毛一本ほど掠めただけなのに、左之助は衝撃で吹き飛ばされ、岩壁に激突した。
土煙の収まった後には、巨大なクレーターが出現しており、その真ん中には浮舟が仁王立ちしている。
「むぅ・・・外してしましましたか・・・」
コキコキと首を鳴らしながら、
「次は、外しませんぞ・・・」
槍を杖代わりにようやく立ち上がった左之助に向かって、再び浮舟はダイブした。
「うぉぉぉぉおおおお」
左之助は咆哮すると、一拍遅れて飛び上がった。
飛龍撃。
かつて空を飛ぶ龍をも屠ったといわれる大技。
落下してくる浮舟と跳躍した左之助が交錯した。
しかし・・・。
わずか、左之助はほんのわずか、最高点に達することが出来なかった。
地上に降り、立ち上がったのは浮舟。
左之助は、鍾乳石を何本もへし折りながら天井に激突し、そして落下した。
「ふぁっ、はっはっは・・・」
高笑いする浮舟。
「・・・」
表情を変えずに攻撃魔法を撃つユカリコ。
「左の字・・・」
うめき声を上げる慧さま。
「左之助さ~~~ん」
斎が絶叫した。
「ははは、さすがに幹部クラスには手も足も出ないようだな」
また、スピーカーから耳障りな声が聞こえてきた。
「とはいえ、君たちも並みの兵士以上の能力は持っているようだ・・・、君たちのDNAを採取してアーキタイプ改良版のベースにしようか・・・ははは」
「もう・・・無理・・・」
斎はうつろな目で呟いた。
慧さまも左之助も戦闘できるような状況ではない。
せめてヒールでもかけられれば、もう一度立ちあがることが出来るかもしれない・・・。
だけど、詠唱し終わるまで敵は待ってくれない。
ユカリコひとりでも出来なかったのに、浮舟までがこちらに向かってくる。
斎の心が折れそうになったとき・・・。
「まだ終わってません!」
「ねこたちが、相手になってやるにゃ!」
「えっ・・・」
斎が振り向くと、そこには弓を構えたみい姉と斧を構えるアインが立っていた。
[0回]
PR