12月23日21:30、地下迷宮
「と・・・、笑ってばかりもいられないか・・・」
二人の姿が見えなくなると同時に、エクサリアの表情が引き締まった。
「子どもたちは先に行かせたから、そろそろ出てきたら?」
エクサリアは振り返らずに言った。
それまで、周囲に人の気配はなかった。
いや・・・、今だって人の気配はしない。
いつの間にかエクサリアの回りを取り囲んだ兵士達は、人の姿をしているが人ではない。
エクサリアは、ものも言わず襲い掛かってきた一体をかわしながら、首筋に手刀を落とす。
ゴキっという手ごたえがあり動きは止まったが、回りの兵士達は表情を変えることもなかった。
「ふ~~ん、そういうこと・・・」
エクサリアは、次々と襲い掛かる兵士達をいなし、関節を外したりしながら動きを止めていく。
しかし・・・。
多勢に無勢。兵士達は数が減るどころか、寧ろ増えている。
エクサリアを取り囲む輪が縮まったかと思ったとき・・・。
「噴」
「ねえにゃ、ひとりでずるいにゃ」
輪が崩れ、エクサリアの足下に兵士達が転がった。
「ツヴァイ、ドライ・・・」
いつの間にか戻ってきた二人は、手にした斧で兵士達を次々となぎ倒す。
「斬」
「・・・まだ、油断できないにゃ・・・」
「ありがとう・・・」
自分をかばうように、兵士達の前に立つ二人を見て、エクサリアは微笑んだ。
「でも、もう大丈夫よ・・・、これで終わらせるわ・・・」
ポケットから取り出したガラス瓶には、なにやら液体が入っている。
「いいっ、合図したら伏せるのよっ」
「了」
「わかったにゃ!」
エクサリアはガラス瓶を高く掲げ
「憐れなり、生命の理に反する異形の者たちよ、今まさにその呪を解き放ち、安息の地に戻れ・・・解呪(ディスペル)!」
群れに向かって中の液体をふりかけると、どんな攻撃を受けても身じろぎひとつしなかった兵士達が苦悶の表情を浮かべ、膝をつき、その場に倒れ、そして白煙を上げて灰と化した。
「仰」
「す、すごい、威力にゃ・・・」
「うふふ、慧さまの話を聞いて、ひょっとしたらこういのが必要になるかと思ってね、不死族に効くといわれる『聖水』にちょっとアレンジを加えて改良してみたのよね」
「にゃるほど・・・」
「これがあれば、どんな奴を復活させたとしても大丈夫・・・、ツヴァイ、ドライ、これを急いで、慧さまたちに届けて・・・。あなたたちなら、みんながどこにいるか居場所分かるでしょ?」
「でも、ねーにゃが・・・」
「是」
「ほら、まだ持っているから大丈夫だって・・・、他のみんなが敵と遭遇する前に・・・ねっ?」
「わかったにゃ」
「了」
二人がエクサリアからガラス瓶をいくつか受け取って、駆け出そうとした時・・・。
突然巻き起こった風が二人を舞い上げ、思い切り壁に叩きつけた。
「ツヴァイっ!ドライっ!」
二人は微動だにしない。
「そんな危険なもの、ばら撒かれては困りますわ」
「!」
エクサリアが振り返る。
そこには、真っ白な羽、鋭い爪を持った人面鳥メガエラが浮かんでいた。
「あ、あなたは・・・」
「私の名は野分・・・」
「・・・死んだんじゃなかったの・・・」
「私達は、細胞片さえあれば誰でも蘇らせることができますの・・・そして、万が一のために、自分達のDNAは冷凍保存を用意していたのです」
二人を飛ばした風の渦がメガエラの背後で唸っている。
「とはいえ、人工的に再生した身ですから、あなたの作った聖水は私達にとっては悪魔の水・・・ここで、全て破壊させていただきますわ」
「できるものなら、やってみなさい」
エクサリアは剣を構えた。
★
同時刻
「ここですねっ」
「うん、みい姉、気をつけるにゃ」
「は、はいっ」
年下のアインからの忠告にも、素直に返事を返すみい姉であった。
慧さまたちから遅れること30分。
二人はようやく洞窟の入り口にたどり着いた。
岩場の道は、二人にとって苦にはならない。
先を行くアイン、その後を追うみい姉。
「もうすぐ慧にゃたちと、合流するにゃっ」
「はいっ」
(慧さま、斎さん、左之助さん・・・、すぐ行きますから、無事でいて下さいね・・・)
みい姉は走りながら、必死で祈った。
★
同時刻。
奥の部屋には、中央にベッド・・・いや施術台が置かれているだけだった。
その上に横たわる人影。シーツがかかっていて姿は見えないが隆起しているフォルムは女性のそれのように見える。
「こ、これは・・・」
「・・・だれか・・・、寝てるにゃ?」
「・・・」
フュンフは無言でサータルスにしがみついた。
サータルスがシーツに手を伸ばそうとした時・・・。
「おやおや、ドブねずみかと思えば野良猫ぉ?」
三人が振り向くと、白衣を着た小柄な人物が立っていた。
頭を包帯でぐるぐる巻きにしているので表情は分からないが、目は血走って狂気をはらんでいるのが分かる。
「フィーア、下がれっ」
サータルスはフィーアとフュンフをかばうように前に出た。
「ひとんちに勝手に入って家捜しして、しかも人の大事なオンナに手を出そうなんて・・・」
けけっと笑い、
「『野良猫』じゃなくて『泥棒猫』かなぁ・・・」
口では笑っているが、目は笑っていない。
「にゃにっ!」
「待てっ、フィーア・・・」
サータルスはフィーアを押し留めながら、
「貴様は・・・空蝉とかいう小僧か・・・」
「へぇ~、ぼくのこと知ってるんだ?ぼくって何気に有名人?あはははっ」
「崩落で死んだんじゃなかったのか・・・」
「お生憎さま、そう簡単に死ぬわけないっしょ?」
「くしょぉ・・・」
「ぼくのこと知ってるってことは、あんたたち、あのお姉ちゃんの仲間?」
「だとしたら・・・?」
サータルスが問うと、空蝉は、
「正義の味方気取りのやつらってさぁ」
ふふんと笑いながら
「詰めが甘いんだよねぇ」
「おまえのこといわれてるにゃ・・・」
「ほっとけっ!」
空蝉は二人の掛け合いを無視して続けた。
「息があるかどうか確かめる前にいなくなっちゃってさ・・・おかげで、命を取りとめた上に、欲しかったものがおまけつきで手に入っちゃったよ」
「なんだって!」
「うそにゃっ!」
「うそなもんか・・・ぼくらは、ゆかりこのDNAから特異体のエキスを抽出し、再生するつもりだったんだ」
空蝉は胸を張る。
「なっ・・・」
「にゃにぃ」
「・・・」
「へぇ~、君たちも知ってるんだ?やっぱり有名人なんだねぇ」
「ゆ、ゆかりこだと?」
「うしょつくにゃ!」
「ゆかにゃ?」
「そのために、遺品を手に入れようと思って辛抱強く交渉をしてきたんだけどさ」
三人がゆかりこと縁があることを知らない空蝉は、お構いなしに話を続ける。
「頑固な妹さんは、決して譲ってくれなかった・・・。寧ろ、ぼくらの手に渡らないように常に自分で持ち歩いていたんだよ・・・」
芝居がかって両手を広げ、
「わざわざ、自ら高レベルの魔術師に転職してまでね・・・」
「!?」
サータルスは初耳だった。
「瓦礫の中から這い出したとき、ぼくは自分が最高に幸運だったことを知ったよ、だってさ・・・」
手にしたものを振って見せる。
「これが手に入ったんだもん・・・」
「あっ」
サータルスは、空蝉が手にしているのが、ゆかりこが生前に使っていた杖であることに気づいた。
ユカリコが姉の形見として大事に持ち歩いていたのだろう・・・。
「貴様・・・」
「うううううぅぅぅ」
サータルスの後ろで唸っていたフィーアが、その時、行動を起こした。
素早い動きで空蝉に踊りかかり、手に噛み付くと、取り落とした杖を咥えて、サータルスの背後に戻ってきた。
この間わずか数呼吸。
しかし・・・。
空蝉は杖を奪われても、まったく動じていない。
「いたいなぁ・・・もう・・・」
フィーアに咬まれた手を吹きながら、
「そんなに欲しかったら上げるのに・・・乱暴だなぁ、まったく・・・」
「なにっ」
「?」
「そんな杖、もう用はないもん・・・」
「なっ・・・、まさか・・・」
サータルスは、空蝉がしたことを理解してしまった。
「な、なんにゃ?」
「・・・とはいえ、ぼくもまだ最終の結果は見てないんだよね・・・」
口元が歪んだのは、もしかしたら笑ったのかもしれない。
制御盤の上を手が動く。
「よ~~し、これで、セット完了・・・」
「やめろ~~~っ!」
サータルスの絶叫は、突然、背にした施術台から発せられた振動音にかき消された。
フィーアとフュンフは思わず振り返ったが、サータルスは振り向くことが出来なかった。
施術台はまばゆく光に包まれ振動を続けていたが、しだいに光は弱まっていき、やがて静かになった。
かさっという衣擦れの音。
「にゃっ・・・」
息を呑むフィーアの声
正面の敵、空蝉を睨みつけているサータルスの耳にも、それは聞こえた。
「ゆ、ゆかりこぉ?」
「ゆかいこ!」
ベッドの上に半身を起こしているのは、間違いなくいくつものクエストをともにしてきたゆかりこ、その人であった。
サータルスは先ほどの予感が、不幸にも的中したことを理解した。
★
同時刻
「ユカリコさ~~ん」
斎は大声で呼んでみたが、呼び声はむなしく反響するだけで何も返ってこなかった。
(ユカリコさん、生きていて下さいね・・・)
松明を照らして、地面を調べていた左之助が、
「ここに・・・」
と指差したところに、
「血痕ね・・・」
洞窟の先に向かって点々と赤黒い染みのようなものが続いていた。
「ユカリコさんは、自分で移動したか・・・」
慧さまは、あたりを必死に探す斎をちらっと見て声を潜めた。
「誰かに運ばれたか・・・」
「うむ・・」
「それにしても・・・」
「空蝉とかいうガキの死体もないわね・・・」
首をかしげる慧さま。
「空蝉は、すでに我々が回収した」
突然、洞窟内に声が響いた。
「左の字っ、斎っちゃん!気をつけてっ!!」
左之助は、腰を低く落として手は刀にかかっている。
斎も慧さまの側に駆け寄り杖を構えた。
「だれっ?」
慧さまは、どこからか聞こえてくる声に向かって問いかけた。
「うちの研究員たちが、世話になったようだ」
どうやら声は天井に隠されたスピーカーから聞こえてくるようだ。
「あんたがマッドサイエンティストの親玉?隠れてないで出てきなさいよっ」
「野分、浮舟、空蝉・・・皆、わたしのもとで研究を重ねてきた」
慧さまの抗議をあざ笑うかのように声が響く。
「彼らの献身的な犠牲によって『特異体』の研究は最終局面を迎えた」
「最終・・・?」
「そうだ、君たちは幸運だ・・・その成果を身を持って体験できるのだから・・・」
声とともに、いたるところから、バラバラと数十人の兵士が現れた。
「特異体の力を増強したのち、抽出して培養したアーキタイプたちだ」
兵士たちは装備も同じなら手にした得物も同じ・・・、さらに、その顔つき、表情も全く同じであった。
「うへっ・・・気味悪い・・・」
「神をも恐れぬ所存・・・」
「・・・外道」
「さあ、アーキタイプたちの力、存分に味わってくれたまえ・・・」
「雑魚に時間かけるわけにはいかないからねっ」
「はいっ」
「おうっ」
3人は、アーキタイプの群れの中に飛び込んでいった。
ep.12 Fin
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