12月23日19:00、ファンブルグ市街。
ファンブルグの街は、イブを数時間後に控えていることもあってクリスマスムード一色に彩られている。
道行く人々の顔はクリスマスイブに思いをはせて浮き立って見えるし、露店の呼び込みも熱を帯びている。
そんな街角を、まるで一迅の風のように駆け抜けた一群は、そんなクリスマスを心待ちにする人々とは明らかに様子が違っていた。
彼らは最初は一団となっていた。
まず、十字路で数人が指を上げて合図すると、一群を抜けて右に折れた。
それからしばらくしてとある建物のところで何人かが立ち止まり、残ったメンバーは彼らに頷いてからスピードを上げた。
東門の手前でまた数人が別れた。
残ったのは、三人と1匹。
三人はそのまま東門を出て、陽の落ちたフレイア大陸をひた走った。
時間を少々巻き戻してみよう。
12月23日10:00、ヒヨコ神社神殿。
朝早くから、いつものメンバーが集まっていた。
2日前に意識を取り戻した斎からすべてを聞いた慧さまは、斎の回復を待ってメンバーに招集をかけたのだった。
ご神体のヒヨコが安置された祭壇を背にして座る慧さま。
向かって左側には、フュンフを膝に乗せたサータルス・・・、と、その後ろに控えるケモノ耳の影がひとつ。
その隣には、アイン、ツヴァイと病院を抜けて来たのか白衣をはおったままのエクセリアがいる。
その向かい、向かって右側には、左之助、ドライ、斎、フィーア、みい姉の順番で座っている。
「・・・ということだったのよ」
慧さまは、これまでのいきさつを説明した。
「おちけん」事件でのスールとの出会いと野分との戦いのこと。
サータルスが偶然遭遇して戦うこととなった浮舟の一件のこと。(子どもたちのために、「どうして」そうなったかは語られなかった)
クリスマスイベントを舞台に、空蝉によって仕掛けられた誘拐事件のこと。
そして、その結果、スールが行方不明になったこと。
ただ・・・。
慧さまは、斎の報告によって判明した二つの事実-スールの正体がゆかりこの妹であること、組織がその技術で蘇生させようと狙っているのがゆかりこであったこと-は、左之助以外には伝えなかった。
みんな、慧さまの話を聞きながら一様に驚きを隠せない様子であった。
サータルスだけは、浮舟のくだりから心底嫌そうな顔で聞いていたが・・・。
「どうやら、敵は『特異体』を量産して、一個師団でも作るつもりみたいね」
「でも、どうしてそんな戦隊が必要なんですか?大災厄に立ち向かうためには勇者候補の皆さんがいるじゃないですか?」
みい姉が聞く。
「・・・多分、これは大災厄対策用の兵士ではないわね・・・」
慧さまが答えると、
「そうね・・・むしろ、その刃が向かうのは国王や王宮警備隊なんじゃないかな?」
エクサリアも頷いた。
「クーデターってことかにゃ?」
アインが呟く。
「呆」
「にゃんと、にゃくまも恐れぬ行為にゃ・・・」
「そんにゃ やつらは こらしめて やるにゃ」
「・・・うん」
「死者の蘇生などと言う行為を絶対に許すわけにはいかないわ!それに、王宮が狙われるということは、ファンブルグの街も人々も無事では済まないということ・・・。正直、国王がどうなろうと知ったこっちゃないけど、罪もない人たちが巻き添えにされるなんて許せない」
慧さまは、全員の顔を見渡してから、
「みんな、手を貸してくれる?今回は、相手が一人二人ではないような気がする・・・。みんなの力が必要なの・・・」
「私からもお願いします、行方不明のスールさんを助けたいんです」
斎も頭を下げた。
ここまで珍しく腕組みをして無言のまま話を聞いていたサータルスだったが、
「・・・慧さま、ひとつ聞いていいか?」
「なぁに?」
「なぜ、そんなに入れ込んでいる?今回の相手は今までと違って尋常な相手ではないことがわからないわけじゃないだろう、慧さま?」
「サータルスさん・・・、実は・・・」
斎が立ち上がりかけたところを、
「斎っちゃん!」
慧さまは制止すると、サータルスに向き合った。
「私がやらないわけにはいかないの・・・」
「悪いことは言わない。然るべき機関に任せた方がよくないか?」
「それはできない・・・これは、私自身の『落とし前』でもあるの・・・、だから・・・」
「こいつらを・・・危険に晒すことになる・・・。わかっているのか?」
俯いていた慧さまだったが、きっと顔を上げて、
「この子たちは、必ず無事に帰す!ひとりの脱落者もなく無事に生還させることがリーダーとしての私の使命だからっ!!」
サータルスは、はっとして慧さまを見つめた。
(慧さま・・・?)
「・・・」
「・・・」
他の面々は無言でお互いの顔を見ていたが、重苦しい沈黙を破るように、
「さ~て、久しぶりの戦闘ね」
エクサリアが言うと、
「私なんかでもお役にたてるなら・・・」
胸の前で握った両手を合わせるみい姉。
「もちろん、ねこたちも行くにゃ!」
アインが言うと、それぞれ
「諾」
「ふふふ、腕がなるにゃ・・・」
「しゅべての じょせいを まもるため・・・」
「・・・ねこもおてつだいしゅる」
と応えた。
サータルスはみんなを見た。
(もう、いいんじゃない?)
エクサリアの目が語る。
(行きましょう!)
みい姉も、
(ねこたちもやるにゃ)
アインの目も訴えている。
「わかった・・・」
「たるにゃ・・・」
心配そうに見上げるフュンフの頭をぽんぽんと叩いて、
「明日はクリスマスイブだったな・・・、さっさと片付けて、みんなでクリスマスのケーキを食べような」
「うん」
にこっと笑ったフュンフを見て目を細めた。
「それじゃあ、私は準備を整えてくるね・・・、夕刻には戻るわ・・・」
とエクサリア。
「私も弓の弦を張りなおしてこなきゃ・・・」
と、みい姉が立ち上がり、
「ねこたちも準備するにゃ・・・」
襖を開けてドタドタドタと出て行った。
「ありがとう・・・みんな・・・」
「ありがとうございます」
頭を下げる慧さまと斎。
「慧さま・・・」
敷居のところで振り向いたサータルスは、
「私は、さっき慧さま言ったのと同じセリフを聞いたことがあるよ・・・。そのセリフを言った人は、そう言いながら、自分が犠牲になってパーティを帰還させた・・・」
「・・・」
「慧さん、あんた、全員生還させると約束してくれ・・・、自分も含めてな・・・」
そう言って、部屋を後にした。
「・・・お姉さま・・・」
「・・・わかってるわよ・・・そんなこと・・・」
慧さまは、こぶしを握りしめた。
★
12月23日18:30、ヒヨコ神社神殿。
「みんな、よく聞いて」
慧さまは、再び集まった面々を見渡して、
「これまでのことを考えると、敵の本拠地は地下迷宮のどこかにあると思う・・・」
壁に投影されたファンブルグ市街地のマップに、敵と遭遇したポイントが光っている。
「それぞれのアジトが繋がっているハブ、もしくはその近くに本拠地があるんじゃないかと思うのよね」
マップを指して、
「そこで潜入するポイントを分けて、連絡を取り合いながら、本拠地を目指そうと思うの・・・。そして、誰かのグループが発見したら、残りのメンバーの到着を待って、一気に攻め落とす・・・どう?」
みんなは一斉に頷いた。
「オッケー、私は野分の研究所跡から入るわ・・・、ツヴァイ、ドライ、案内よろしくね」
「諾」
「にゃくまに、お任せにゃっ」
慧さまはうんうんと頷くと、今度はみい姉に向かって、
「みいちゃんとアインは、先にお使いに行って欲しいの」
「ええっ・・・、また、お使い・・・」
みい姉が返事をする前に、アインが不満げな声を漏らす。
「ええ・・・、どこへ行けばいいんですか?」
「悪いわね、この手紙を『王立飛び研究所』の・・・」
慧さまが言いかけると、
「何してるにゃっ!早く行くにゃ!!」
アインはもう飛び出そうとしている。
「ちょっと・・・落ち着いてよ・・・」
苦笑する慧さま。
「これまでのあらましを書いておいたの・・・、万が一の時には、あの所長に動いてもらえるようにね・・・」
みい姉に手紙を渡した。
「『大事な密書』だにゃ・・・」
「そうよ、ある意味、一番大事な役目かも・・・」
「ねこたちに、任すにゃっ」
「うん!頑張ります」
「二人とも、よろしくねっ、終わったら合流してね」
「で、サータルスは、地下幽閉施設から地下迷宮に入って、研究施設の本拠地を探して・・・」
慧さまはサータルスに言った。
「わかった」
と、サータルス。
「・・・ねこも いっちょに いっていい?」
膝の上で、サータルスの似顔絵を描いていたフュンフが尋ねた。
「ああ、いいとも・・・」
「じゃあ、ちゅづきはかえってからね・・・」
描きかけの絵をテーブルの上に置いた。
「・・・ふん、ふたりじゃ たよりないから、ねこも ついていって やるにゃ・・・」
ぷいっと横を向きながら、フィーアが言った。
「ああ・・・、よろしく頼む・・・」
苦笑交じりでサータルスが答える。
(本当はぁ、ふたりじゃないんですけどねぇ・・・)
どこからともなく声が聞こえたような気がした。
「私たちは、斎っちゃんの記憶をたどって、空蝉の研究所跡を探すわ」
慧さまは、そう言うと、みんなの顔を見渡して
「いい?無理はしないで、何かあったら必ず他のメンバーに連絡して、誰かが来るのを待つのよ?」
もう一度念をおしてから、
「無事に帰って、みんなでクリスマスパーティやるよ」
「「「「「「わ~い」」」」」
無邪気にはしゃぐにゃんこたち。
その様子には大人たちも、微笑まざるを得なかった。
「それじゃあ、いくよっ」
慧さまは、そう言って、行灯の火を吹き消した。
「ヒヨコ神社、出陣!!」
★
12月23日19:15、ファンブルグ東地区。
以前、野分が利用していた研究施設の入り口。
この研究施設の地下には、「特異体」として捕えた人々の幽閉施設があり、さらにその奥には巨大な迷路のような地下通路があった。
野分はここで、「特異体」の能力の増強を目的として、人とモンスターを融合させる実験をしていたのだ。
どうやらその後は使われていなかったと見え、ドアを開けると幽かに埃の匂いがした。
エクサリアは、手に持った松明をともして中の様子を伺うが、人の気配は感じられなかった。
「是」
「ねーにゃ、こっちにゃ!」
夜目の利くツヴァイとドライは、既に地下に続く階段の前で待っている。
「はい、は~い」
エクサリアは、一段一段確認しながら階段を下りて行った。
秘密研究所の地下から迷宮へと進む三人。
足下はタイルからコンクリートに変わり、やがてむき出しの岩に変わった。
「なるほど、夜目が利くっていうのは便利ね・・・」
前を走る二人に気を取られていたら、足下の岩に躓いた。
「あっ」
転びそうになるところを、何とか踏みとどまる。
「ふうっ・・・私にも猫の暗視能力があればねぇ・・・」
「ねーにゃ、足下に気をつけるにゃ」
戻ってきたツヴァイとドライが心配そうに見上げる。
「そんなにくっついてなくても、大丈夫よ?」
両サイドを挟むように歩くツヴァイとドライに、エクサリアは苦笑した。
しばらく進んでいったところで、エクサリアは足を止めた。
「どうしたにゃ?」
怪訝な表情でたずねるドライに、
「ちょっと先に行っててくれる?」
エクサリアが言うが、
「否」
「でも・・・」
即座に否定する二人。
「・・・そういえばさ・・・」
「何?」
「なんにゃ?」
「二人とも、猫ジスの予防注射まだじゃなかったっけ?」
ポケットに手を入れ、注射器を探す振りをする。
「驚!!」
「ね、ねーにゃ・・・、ねこたちは、用事を思い出したから先に行くにゃ・・・」
慌てて走り出す二人を見送ったエクサリアは、
「バイバーイ」
と手を振りながらぷぷっと笑った。
★
12月23日19:30、ファンブルグ某所。
アインとみい姉は、王立飛び研究所のドアを出た。
「確かに預かりましたよ」
銀髪、メガネに、いつもと変わらぬジャージ姿の所長は目を細めて言った。
「はいっ、よろしくお願いします」
みい姉は頭を下げた。
「お義父さん、頼んだにゃっ」
「はいはい・・・」苦笑する所長だったが、
「ところで君たちはこれからどうするんですか?」
「私たちも慧さまたちを追いかけます」
「みんなが待ってるにゃっ」
「そうですか・・・」
所長はちょっと考えていたが、
「お嬢、机の上にある箱を持ってきて下さい」
奥に向かって声をかけた。
「お嬢」と聞いただけで、アインの目がハートに変わった。
トテトテと奥からやってきた記録嬢から箱を受け取り、中に入っていたバッチを取り出した。
「君たちにはこれを上げましょう」
「何にゃ?」
「何ですか?これは・・・」
「これは少年探偵団のバッチです」
「少年・・・」
「・・・探偵団?」
「?」
所長以外は、皆、首をかしげている。
「まあ、わかり易く言えばお守りみたいなものですかね」
「へぇ・・・」
「ふぅん」
「持ってると一度くらいはいい事があると思いますよ」
「よくわかんないけど・・・、どうもありがとうございますっ」
みい姉は律儀に頭を下げた。
「それじゃあ、行ってくるにゃっ、きろにゃ・・・帰ってきたらで、でぇとしようにゃっ・・・」
「♪」
真っ赤になったアインが言うと、記録嬢も嬉しげに微笑んだ。
見送る所長と記録嬢に手を振って、アインとみい姉は走り出した。
「持って行ったか?」
奥から出てきたサングラ子が所長に問うと、
「あんなもの・・・使わないに越したことはないんですけどね・・・」
駆けていく二人の後姿を見送りながら答えた。
「・・・それにしても、少年探偵団はないんじゃないか?全然、分かってなかったぞ?」
「今は分からなくても、いずれ分かりますよ・・・」
「帰ってきたら、お前が教えてやれよ・・・」
「・・・そうですね」
二人の視線の先にあるはずの子ども達の姿は、暗闇に溶けて見えなくなっていた。
★
同時刻。
地下幽閉施設を通り抜け、首尾よく地下迷宮に潜りこんだサータルスたち。
先頭を行くのはフィーア。その後を追うサータルスの肩の上にはフュンフが乗っている。
洞窟の中に反響する足音は、ひとつ多いような気がするが、きっと気のせいだろう。
足下が岩場から、明らかに人工物と思えるコンクリートの床に変わった。
「ふむ・・・」
サータルスは立ち止まって、辺りの様子を伺う。
「あっ」
フィーアが声を上げた。
「どうした?」
「ドアがあるにゃ」
サータルスは、肩からフュンフを下ろして、ドアの前に立った。
ドアノブを回すが、施錠されている。
改めて、ドアの様子を見てみると、ドアは鉄製でかなり重量がありそうに思えた。
(体当たりで破る・・・というわけにはいかなそうだな・・・)
「頑丈なドアに施錠か・・・怪しいな」
「・・・なかになにかありゅかも・・・」
フュンフもドアの中が気になるようだ。
「ねこがやってみるにゃ!」
フィーアはどこから見つけたのか、針金を手にしている。
「できるのか?」
「やってみなきゃわからないにゃっ」
フィーアは鍵穴に針金を入れてかちゃかちゃ回している。
「フィーア、まだか?」
「うるしゃいっ!そんなにいうにゃら、おまえが・・・あ、開いたにゃ・・・」
「でかした、フィーアっ」
「ふんっ」
サータルスは重いドアを開け、灯りのスイッチを探す。
やがて部屋の中が明るくなって中の様子が見えた。
部屋の中央には、ビーカーやシリンダーといった実験道具が置かれた大きなテーブルとスイッチやメーター類のついた制御盤があり、その周りを囲むように薬品保管庫や書棚等が配置されている。
中に人がいる様子は感じられなかった。
「たるにゃ、あれっ」
フュンフが指差す方向に・・・
さらにその奥にもうひとつのドア。
サータルスは用心しながら、奥の部屋に通じるドアのノブに手をかけ、ゆっくり回す。
こちらは施錠されていないと見えて、ドアは静かに開いた。
★
12月23日20:30、フレイア大陸中央部。
やがて山間に、探していた洞窟の入り口を見つけると、慧さまと馬上の斎は顔を見合わせ頷き合った。
そして、
「いくよっ」
と、いうかけ声と同時に中に飛び込んだ。
周りを警戒していた左之助もあとに続いた。
鞍上の斎が持った暗い松明の灯りだけを頼りに迷宮の中を突き進む。
神馬は、背中に乗せた斎を振り落とさないように気遣いながらも、スピードを落とすことはなかった。
並走する慧さまも、殿(しんがり)を務める左之助も辺りの様子に注意を払っていたが、人の気配は感じられなかった。
しばらく行くと、迷宮特有の湿った空気の中に明らかに人工物と思われる匂いが混じってきた。
オイルの漏れるような匂い・・・。
「お姉さまっ、空気が・・・」
斎は並走する慧さまに叫んだ。
「うん・・・」
慧さまが頷く。
眼前に明らかの人工物と思われる大きな瓦礫の山が見えてきた。
神馬は徐々にスピードを落として、やがて立ち止まった。そして、ぶるっと胴震いすると、頭を下げて斎を降ろした。
斎は、辺りを確かめるように見渡した。瓦礫の下からは、あのアームの残骸も見える。
(間違いない、あの時の戦いの場はここ・・・)
後から追い付いた慧さまと左之助に、
「ここです。ここで、ユカリコさんと・・・」
「わかった、この辺を中心に探してみよう」
「うむっ」
慧さまは瓦礫の山に飛び乗り、左之助は腰をかがめて手掛かりになりそうなものを探し始めた。
「ユカリコさ~~ん」
斎は大声で呼んでみたが、呼び声はむなしく反響するだけで何も返ってこなかった。
(ユカリコさん、生きていて下さいね・・・)
斎は、祈る思いで手がかりを探していた。
後篇に続く
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