「ずいぶん探したよ、坊や・・・」
スールが顔を覆っていたフードを跳ね除けた。
「ふふっ、やっぱりそうか・・・」
少年はスールに向かって一礼すると、おどけた口調で言った。
「ちょうどよかった・・・ぼくもあなたを探していたんですよ。ユカリコさん・・・」
斎は思わず二人の顔を見合わせた。
(ユ、ユカリコ・・・?)
どこか聞いたことのある名前だ。
「あれから9ヶ月ぶり?かなぁ・・・黙って姿を隠しちゃうから、捜すのに随分と労力を使っちゃったよ・・・居場所を知ってそうな人物を捕まえて、思い出すまで拷問したりとかね、あはは・・・」
「貴様・・・」
「それと・・・」
少年は指を振った。
「坊やなんてダサい呼び方しないでくださいよ、せっかく『空蝉』という格好いい名前があるんだから・・・」
空蝉の目が光った。
「ところで、お姉さんの遺品を渡す気になってくれたぁ?」
「・・・貴様らに渡すものはないといったはずだ・・・」
「またまたぁ・・・、そうやって・・・お互い無駄なことはやめようよ、ねっ?」
斎には、二人の会話が理解できない。
(そう言えば以前、スールことユカリコさんが言っていましたよね・・・。「あいつらはオレの大事なものを汚そうとしている」と・・・それに関係があるのかしら?)
「ユカリコさんには、以前にもいいましたが」
いきなり空蝉は斎に向かって切り出した。
「そっちのお姉さんは、ちんぷんかんぷんみたいだから説明しますけどねぇ」
得意げに胸をそらしながら、
「ぼくたちは『特異体』と呼ばれる他と違った成長をする勇者候補について研究しているんだよ」
どうだといわんばかりの表情に、斎は鼻白んだ。
「ぼくたちはねぇ、これまでの研究で、モンスターと合成することによって『強化』したり、成長する能力だけを『抽出』したり、人為的に『培養』することに成功してきたんだよ」
斎は以前出会った野分やサータルスから聞いた浮舟のことを思い出した。
「そこで、ぼくたちは考えた・・・。これらの技術を利用すれば、過去に活躍した勇者候補たちを現在に蘇らせることができるんじゃないかと・・・」
つまり、空蝉の言うとおりだとすれば、それこそ伝説の五勇者をも蘇らせることが出来るのではないか・・・。
斎は死者を冒涜する恐ろしい計画に戦慄を覚えた。
「さて、ここに不幸にして夭折した魔術師がいる」
(まさか・・・)
斎は横目に映るユカリコの顔を見る。
目が吊り上り、唇を噛むその表情は、元が美しいだけに凄絶であった。
「彼女の才能は万人が認めるところだし・・・。彼女の類まれなる魔法攻撃力を活かさない手はないよねっ?」
若くして天に召されたことは不幸なことだけど、それもまた運命。
死者の尊厳、残された者たちの深い慟哭の思い・・・そんなものは、空蝉とっては粉雪ほどの重さもないというのだろうか・・・。
斎は、目の前にいるのが同じ人間であると、にわかには信じることができなかった。
「そう・・・それが、ここにいるユカリコさんの姉上、稀代の魔術師ゆかりこさんなのさ」
斎はかつて聞いたユカリコの言葉が理解できた。
(自分の身内・・・いや、たとえ他人であろうとも、そんなことは絶対に許せない・・・)
空蝉はため息をつきながら、
「何も難しいことを頼んでいるわけじゃないのにさぁ・・・。DNAが採取できそうなもの、たとえば身に着けていたものとか、なんでもいいから譲ってくれませんかとお願いしてるんだけど、なかなかウンといってくれなくて・・・」
ほとほと困ったもんだとばかりに言う。
「あっ、なんなら買ってもいいよ?古着以上の金額払うけど・・・?」
きゃははと笑う空蝉に、斎はとうとうブチ切れた。
「いい加減になさいっ!あなたには死者に対する礼はないのですかっ!」
「・・・部外者は黙っていてくれないかなぁ・・・」
空蝉は態度を豹変させた。軽薄そうな目つきが、酷薄なそれに変わる。
斎はぞっとした・・・。
(これは・・・本気で殺すことができる目・・・)
その時、ユカリコが動いた。
★
「坊や・・・、戯言はそれだけか?」
「えっ?」
「『特異体』だかなんだか知らないが、手前らの私利私欲のために、多くの人を傷つけ、命を奪った貴様らは、許してはおけない・・・」
ふっと手にした杖に目をやって、ぐっと握り直すと前に突き出した。
「姉貴もそう言ってるよ!」
「へぇ・・・」
空蝉は目を細めて杖とユカリコを見つめていたが、
「ふーーん、そういうこと・・・」
何かに気づいたかのように呟いた。
「そういえば、ユカリコさんってさぁ、以前は鑑定士じゃなかったっけ?」
「それがどうした・・・」
「わざわざ、魔術師に転職するとは、麗しい姉妹愛といいいたいけどね・・・」
(そういえば、以前使っていた魔法はヴォルケーノⅡでした)
斎は前回の共闘のことを思い出した。
(お姉さんを失ってから、何かの理由で転職して、強力なⅡ系の魔法が使えるように修行したんですね・・・)
「オレが転職したのは貴様が考えているようなそんな下衆な理由ではない・・・」
ユカリコは杖を構えた。
「世の中を舐めたお子ちゃまのおいたをやめさせるためだ・・・」
杖を構えたユカリコを見て、ふふっと笑いを浮かべ、
「ほほう・・・、それじゃあ実力で止めてみればぁ?」
「ああ、言われなくてもそうさせてもらう・・・その機械も貴様も破壊してやろう・・・」
空蝉は、
「あっ、そうそう・・・。ぼく、親切なんで教えてあげるけど・・・」
へへんと鼻をならした。
「ぼくはスチュボーンを持ってるからね」
「!?」
驚く斎。
「そう・・・ユカリコさんは魔術師、そっちのお姉さんはクレリック・・・かなっ?二人の得意な魔法攻撃は、ぼくには通用しないんだよ?それでもいいなら・・・」
空蝉もようやく戦闘の構えを取った。
「いつでもどうぞ・・・」
★
「斎、巻き込んじゃって申し訳ないが」
ユカリコは、吸引装置と少年を分断するように動きながら斎に向かって囁いた。
「あいつはオレがぶっつぶす、斎は・・・」
吸引装置の方を顎で指すと、
「あのおもちゃを頼む・・・」
「分かりました・・・」
斎も杖を取り出した。
本体自体は固定されているものの、アームの先についたふいご状の吸引装置は、クネクネと動き二人をけん制する。
おそらく、アームのどこかに生物を感知するカメラとかセンサーでも搭載しているのであろう。
「煌きよ、その意を示せっ!メテオストライク!」
斎はアームの部分を狙って、魔法を打ち込んでみた。
詠唱によって飛来した隕石は、あっさりとアームに打ち返された。
「ならばっ・・・これはいかがですっ?アイスフロスト」
空気中の水分が氷結し、アームの動きを止める。
しばらくガガガ・・・と鳴動していたが、やがてアームの動きが止まった。
「やりましたっ!」
ユカリコの方を振り返ると、
「まだだっ」
「えっ!?」
「あははは、アームは一本とは限らないよ」
空蝉が手元のコントローラを操作すると、凍り付いて動きの止まったアームの陰から、二本目、そして三本目のアームが出てきた。
「今度は行動速度を倍にしてみよう・・・さあ、どうなるかな・・・?」
先ほどとは格段に動きのよくなったアームを前に、斎は立ちすくんだ。
「危ないっ」
ユカリコが斎を押し倒したその上を、アームが通り過ぎた。
「アームは何本あるかわからない・・・。本体部分を狙うんだ」
「でも、本体は・・・」
「おそらく偽装しているだろう・・・」
「お~~い、そっちがこないならこっちから行くよぉ」
再びアームが動きだし、二人に襲いかかる。
「あっ、そうそう・・・、こっちもコーティングしておこうっと・・・」
空蝉が手元でコントローラを操作すると、アーム全体が電磁波の膜で覆われた。
「これでオッケー」
指を立てる空蝉。
「こっちも魔法は無効化したからね」
「くっ・・・」
「そ、そんな・・・」
「ほ~~ら。いくよ・・・」
スピードの上がった2本のアームが、予期せぬ方向から襲いかかってくる。
「アイスフロスト」
斎は先ほどと同じ氷の魔法を唱えたが、今度はアームの動きを止めることもできずに霧散した。
「ほらほらほらほら・・・」
空蝉がコントローラを操作するたびに、速度が上がっていくようだ。
飛んでくるアームをよけながらユカリコは、
「斎、いいか、このクナイがわかるか?」
紫の房のついたクナイを見せた。
「・・・オレが合図したら、このクナイめがけてサイアローを撃て・・・わかったか?」
斎が頷くと。ユカリコはアームの前に飛び出した。
★
「アームの動きは速いが、操る貴様が鈍いんじゃ当たらないな」
「言ったね・・・その言葉、後悔させてやるっ」
空蝉は、ユカリコに照準を合わせアームを操る。
(ユカリコさん・・・)
アームの攻撃をかいくぐり、空蝉に徐々に接近していく。
そして・・・
転がってよけたユカリコは、とうとう空蝉の前に立った。
「ここまでだな・・・坊や」
「ふふっ、ユカリコさんの攻撃は通用しないといったはずだよね?」
走りながら左手に持った杖を掲げて詠唱する。
対する空蝉も、手に剣を携え走り出す。
二人が交差し・・・ユカリコは杖を落とし、膝をついた。
「はっはっは、言ったろ、呪文は効かないんだよ・・・」
振り向いた空蝉は傷一つないようだ。
その時、ユカリコが叫んだ。
「斎、上だっ!」
斎が天井を見上げると、岩盤の間に紫の房が見えた。
ユカリコのクナイだ。
「煌きよ、その意を示せ!サイアローっ!」
雷撃がクナイを打ち抜くと同時に、天井を覆っていた岩盤が砕けて空蝉の上に降り注いだ。
「うわぁぁぁあああああ」
もうもうと巻き上がった土埃が収まった時、瓦礫の下からコントローラを握った手が見えた・・・。
「ユカリコさんっ・・・」
斎が駆け寄ると、ユカリコはわき腹を手で押さえながら立ち上がった。
そして、涙でぐしょぐしょになった斎の頭をポンポンと叩いて、
「よくやったな・・・」
と目を細めた。
「は、早く治療しないと・・・」
「大丈夫だ・・・」
「ダメです・・・だってこんなに血が・・・」
わき腹を押さえる手は真っ赤になり、指の間から滴り落ちていた。
「オレはここの後始末をする・・・斎はここを脱出して慧さまに報告するんだ・・・」
「だめですってば・・・一緒に帰りましょう・・・」
「神馬っ・・・」
ユカリコは斎の叫びを無視して、自分のペットである神馬を呼び寄せた。
「この子を安全なところまで連れていくんだ・・・わかったな・・・お前も戻ってきてはいけないぞ・・・」
「ヒヒ~~ン」
神馬は、黙ってユカリコの目を見ていたが、やがてひと声嘶くと、斎の前に立った。
そして、斎の襟元を噛んで自分の背中に乗せ、駈け出した。
「ユカリコさーーーん」
洞窟の中に、斎の声がこだましていたが、やがて大きな爆発音とそれに続く崩落の音にかき消されてしまった。
★
「斎っちゃん、遅いわねぇ・・・」
日も暮れてしばらく立ったヒヨコ神社の玄関前。
慧さまは、帰りの遅い斎を案じて玄関に出てきた。
暗闇の中にぼうっと白い動物の影が浮かび上がった。白馬だ。
「!?」
背中に乗った人影が、顔をあげた。
「斎っちゃん・・・?」
斎は玄関の前にいるのが誰だか気がつくと、神馬から飛び降り、慧さまの胸に飛び込んだ。
「おねえさま・・・」
泣きじゃくりながら「お姉さま」と呼び続ける斎を、慧さまは困惑の体で抱きしめた。
ep.11 Fin