ファンブルグ城下町には、ふたつの道路網があるのをご存知だろうか?
ひとつは、みんなが普段から使っている地表の道路。
通常、こちらを道路というのが当たり前なので、ことさら「地表の」とことわるのもおかしな話だが・・・。
もうひとつの道路網は地下にある。
そう・・・もし貴方が冒険者であるならば、かつてジャックを探して地下下水道の冒険をしたことがあるのではないだろうか?
ファンブルグのあちこちに、同じような地下通路は存在している。
地上にある道路網との最大の違いは、階層があること。そのために、同じ面積でありながら、総延長距離は地上の道路の何倍、いや何十倍になるのだ。
しかも、それがハブと呼ばれるポイントによって有機的に接続され、ある種、巨大な迷宮を形成している。
その末端は王宮や詰所に通じているものもあるといわれている。
そんな巨大な地下迷宮の末端にその施設はあった。
元は、おそらく数多ある幽閉施設のひとつだったのであろう。
前の主がいなくなったあと、しばらくは灯りが点ることはなかったが、最近になって頻繁に人が出入りし、すっかりと改装されてしまった。
大きなマホガニー製の机に腰掛けた男。
その前に立つシルエット。
「まさか浮舟まで、やられるとはな・・・」
「お言葉ですが、ナルシズム女やマッチョ馬鹿ではいささか荷が勝ち過ぎただけのこと・・・」
「奴らは有能な研究者であった」
「研究者とて戦略のひとつも立てられないようでは・・・」
「空蝉、お前には勝算があるというのか?」
「ははっ、すでに仕掛けは講じてございます」
「行け、空蝉・・・、『特異体』を増殖し軍団化するのだっ」
「はっ」空蝉は踵を鳴らして敬礼した。
「すべては主のために」
「すべては主のために」
ハロウインのお祭りが終わって初雪の便りが聞こえてくると、ファンブルグも毎年恒例のクリスマスイベントの話で持ちきりとなる。
12月になると始まるクリスマスイベントとは、5人一組になってサンタクロースの元に向かうシンプルなイベントなのだが、途中にあるクイズや滑る床、簡単な戦闘をクリアしなければならないので、それなりに楽しむことが出来る。
また、パーティも自由に組めるわけではなく、同じ番号に当たったもの同士で組まなくてはならないので、この時期のリセリア城中庭は、パーティ募集の声で賑やかになる。
斎(いつき)も、クリスマスイベントが好きなので、仕事の合間を見ながら参加している。
去年は頑張ったおかげで、稀少なペットを手にすることが出来た。
(今年も素敵なプレゼントが貰えるといいですね)
そう思いながら、4番の番号札を頭につけた。
「3番、あと2人だよ~」
「1番、いませんかぁ?」
「8番、締め切り~、出発しま~す」
定番のクリスマスソングをBGMに、パーティを募集する声があちらこちらから聞こえてくる。
きょろきょろと探していると、ようやく4番の番号札が集まっているのが見えた。
1,2,3,4・・・どうやら、あと一人らしい。
リーダーと思しき人物のところに駆け寄り、
「4番参加いいですか?」
「は~い、4番締めますね」
(よかった、間に合いました・・・)
ホッとしながら、
「よろしくお願いします」
と頭を下げ、改めてメンバーを見渡す。
半ズボン姿の少年・・・、彼がリーダーだろうか。
それから忍び装束を着た男、ゴージャスなコートを着た女、そして・・・。
「あっ・・・」
「・・・」
最後の一人は、フード付のマントを着て杖を手にしている。
フードの下からは鋭い眼光が見えた。
「・・・お久しぶりでした」
「ああ・・・」
4人目のメンバーはスールだった。
「まさか、スールさんとこんなところでお会いするなんて、ちょっとびっくりしました」
「柄じゃないと・・・?」
自嘲的な笑みを浮かべた。
「そういう意味ではありませんが・・・」
確かにスールとクリスマスもミスマッチだとは感じた。
だけど、それよりも、できるだけ正体を隠していたいはずの彼女が、見ず知らずの他人と力を合わせて何かするようなイベントに参加していることに斎は違和感を覚えのだった。
無関係の人たちの前であれこれと事情を聴くのもはばかられたので、斎はとりあえず静観しようと心に決めた。
(可能性は薄いけど、純粋にクリスマスイベントを楽しんでいるのかもしれませんしね・・・)
「それでは、そろそろ行きましょうか」
「よろしく頼む」
「よろしくね~」
「・・・よろしく」
「よろしくお願いします」
リーダーの少年の指示で、大陸中央部のある「サンタの挑戦場」に向かう。
あまり気にしてはいけないと思いながらも、どうしても斜め前を歩くスールのことが気になる。
相変わらず、表情はフードに隠れてよくわからない。
ただ、前に行動を共にした時のような張りつめた雰囲気ではない。
先頭を歩く少年は、人懐っこくメンバーに話しかけている。
ふと、振り向いたときに目が合うと、少年は、にこっと笑みを浮かべ、斎の傍へ寄ってきた。
「こんにちは、お姉さんは、あの人と知り合いなんですか?」
後ろを歩くスールを眺め尋ねた。
「えっ?」
「いや、さっき話をしているようだったんで・・・。ほら、あの人、フードつきマントなんか着てて表情も見えないし、話しかけても『ああ』とか『いや』とかで、性別すらわかんないじゃないですか?なんで、もし知り合いだったら教えて貰おうかなぁと・・・」
斎はとっさに知り合いであるとは言わない方がよさそう・・・と思った。
「う~ん、私も知り合いの方かと思って声掛けたのですが違ってたみたいで・・・、恥かいちゃいました」
「そうなんですか・・・。まあいいか・・・。なんかワケわりっぽくて話し掛けづらい雰囲気なんですよねぇ・・・」
少年はブツブツいいながら前に戻っていった。
「ここが、入り口の座標ですね」
「おお」
「ここね」
「・・・」
「じゃあ、入ってみましょう」
少年はそういって手を差し伸べた。
黄色いキューブに触れるとやがて光を増しながら、ブーンという振動音が高まっていく。
他のメンバーもそれぞれ、手を伸ばしてキューブに触れた。
すると、目の前の空間がぐにょんという感じで歪んで、次の瞬間、見慣れた山間の風景が、ダンジョンの回廊に変わった。
しかし・・・
「こ、これは・・・」
「!?」
斎はクリスマスのクエストに来るのは初めてではない。
何シーズンか前から毎年かかさず参加しているし、今回のクエストが始まってからも、もう20回以上は挑戦している。
飛ばされた先は、いつもの「サンタの挑戦場」に繋がる回廊ではなかった。
「いやっ、何よ、これはっ・・・」
悲鳴を上げたコート姿の女性も、ここがいつもの回廊と違うことに気がついたのだろう。
「と、とにかく・・・」
半ズボンの少年は、メンバーの動揺を抑えようと声を上げた。
「なんかの間違いかもしれません・・・。この先に行ってみましょう。係りの人がいるかもしれないし・・・」
曲がり角ごとに印をつけているのだが、一回ごとにリセットされてしまうためほとんど意味がない。
「しょうがない・・・一休みしたら、もう一度やってみましょうか」
「・・・」
「・・・」
少年以外のメンバーは、先ほどから誰も口を開かなくなっていた。
スールですら無言で岩に腰掛け、俯いたまま肩で息をしている。
斎はようやく事の異常さに気がついてきた。
(なぜこの少年は疲労していないのだろう)
コート女はともかく、自分やスールでさえ疲労感は蓄積している。
なのに、なぜ、この少年は・・・。
「・・・なにが」
(えっ?)
「なにが目的だ?・・・さっきから、同じところをぐるぐる回らせやがって・・・」
「そうよ、そうよ、こんなのおかしいじゃないっ、今までこんな話、聞いたことがないよっ」
とうとう我慢の限界に達したのだろう。
口々に文句を言いながら二人が少年に詰め寄った。
「くくく・・・」
「!?」
少年は、詰め寄る二人を見ても何一つ慌てることもなく、笑っている。
「な、何がおかしい!」
「そ、そうよ・・・失礼ね・・・」
「はっはっはっ」
「っ!」
「あんたたち・・・、気がつかないままの方が幸せだったかもねぇ・・・」
「な、なんだって?」
「ここには、HPやMP等の生体エネルギーを吸収する仕掛けが隠されているんだよ・・・ただ、一回じゃ微々たる量しか吸収できないから、何回も回ることによって吸収できる量を増やしてるわけ・・・」
「なにぃ」
「私たちの生体エネルギーなんか吸い取ってどうするのよっ!」
「ぼくは、『特異体』の増殖を研究しているんだ」
「なんだとっ!」
男は唸る。
「増強され抽出した『特異体』のパワーを増殖するためには、大量の生体エネルギーが必要なのさ」
ふっとため息をついて、
「かといって、一気に集めるようなことをしたら、行方不明者がたくさん出て怪しまれるだろう?」
「知らないわよ・・・そんなこと・・・」
話を聞かされた女性はわけがわからないというように首を振っている。
「ここまで、喋っちゃったから、もう残りのエネルギーは一気に貰っちゃうね」
少年は片手を上げると岩陰に隠されていた巨大なふいご状の吸引装置が現れた。
「最大出力で吸引っ!」
吸引装置にロックオンされた男の動きが止まった。
そして身体から、オーラのようににじみ出てきたエネルギーがふいごの中に吸い込まれていく。
「あ・・・ああっ」
オーラの色が、白から黄色、そして桃色を経て真っ赤になった時、男はくたっと倒れた。
「いっ、いやぁぁぁあああ・・・こ、こないでぇ・・・」
男が動かなくなったのをみたコートの女性は悲鳴を上げたが、吸引装置は容赦なく女をロックオンする。
残っていたエネルギーが少なかったのか、オーラはあっという間に吸い込まれて、女性は動かなくなった。
「お次は・・・そっちのお二人さんの番なんだけど・・・」
少年は、こちらを向いて、
「君たち、ただの参加者じゃないよね?」
少年は笑みを浮かべて言った。
「!?」
斎は思わずスールを見てしまった。
少年は、スールの方しか見ていない。
スールが立ち上がって、ゆっくりとフードを下す。
「ずいぶん探したよ、坊や・・・」
「ふふっ、やっぱりそうか・・・」
少年はスールに向かって一礼すると、おどけた口調で言った。
「ちょうどよかった・・・ぼくもあなたを探していたんですよ。ユカリコさん・・・」
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