前篇のあらすじ
サータルスは、ひょんなことからハイデッカーと出会い、一緒に幼馴染を探すこととなった。行方を追って、花街内の診療所に辿り着いたものの、相手は一足違いで往診に出かけてしまったという。しかも往診先があまり評判の良くないところと聞いて、二人は様子を伺いに大舟屋に向かった。
大舟屋はその名の通りかなり大きな店を構えていた。
「ここが大舟屋かい」
「ああ・・・」
「なんやらきな臭い感じがプンプンするで・・・」
「中へ入ってみよう」
暖簾をくぐって中に入ったサータルスは、ふと漂ってきた香りに違和感を覚えた。
ベースは白粉や紅の香りだが、その中に幽かに別の香りが混じっているような気がする。
(なんだろう、どこかで嗅いだ記憶が・・・)
その臭いは、記憶の底の方にある禍々しいものを、呼び起こすかもしれない・・・。
サータルスは、そう感じていた。
「たのも~」
横でハイデッカーが呼ばわっている。
(道場破りではないのだが・・・)
と苦笑しながら、奥を伺った。
「は~い、ただいま・・・」
店の若い衆(わかいし)と思しき男が出てきて、膝をつき頭を下げた。
「あいすいません、本日はたくさんのご贔屓をいただき、生憎、廻し部屋も開いていない状況でございまして」
「あ~~、ええんや、ワイら、客じゃのうて、診療所のセンセに会いに来ただけやさかい」
「はぁ?」
怪訝な顔をする男に、
「診療所の医師殿がこちらにいらしてると聞いて尋ねてきたんだ。太夫が癪でも起こしたのかな」
「ああ、それなら・・・」
ようやく合点がいったのか、
「手前どもの主人が、体調の診断で往診をお願いをしてるのでございますよ」
「なんや、すごいな、健康診断まで、出前っちゅうわけかい・・・」
「まあ、それだけではなく店の衛生面でのアドバイザーなんかもお願いしてるので、、ご足労を願ってる次第で・・・」
男は抜け目ない笑顔を浮かべながら、
「本日は、それも終わって先ほどお戻りになられたようですが」
下足箱には、それらしい履物はなかった。
「あちゃ~、なんや、また行き違いかいな・・・」
ぺちっと額を叩くと、
「ほな、せっかくやし、旦那の顔を拝んで帰らんとな」
サータルスに振る。
「うむ、すまんがご主人に会わせてもらえないか?」
サータルスが頷くと、男は一瞬表情を強張らせたが、
「少々お待ちくださいませ」
何事もなかったかのように、お辞儀をして内証に引っ込んだ。
しばらく待っていると、男が戻ってきて、
「どうぞ、こちらへ」
二人はご内証と呼ばれる主人たちが暮らす間に案内された。
男が襖をあけて、
「客人をお連れしました」
と、中の主に声をかけると、
「ご苦労さま」
と渋いバリトンで返事がした。
部屋の中に入ると、サータルスは先ほどの変わった臭いが強くなったのを感じた。
長火鉢の前には、シルバーグレイのオールバック、口ひげを生やした楼閣の主人が座っていた。着ている羽織は豪華ではないが年齢相応の渋みがあって、実に落ち着いて見える。
「私が当家の主でございます。」
「突然お邪魔して申し訳ない、私の名はサータルス。そしてこちらは人を捜して旅をしている・・・」
「ハイデッカーや、よろしゅうおたの申します」
「いやいや、来客は歓迎いたしますぞ、特に若い男性は・・・」
「えっ?」
「いや、なんでもありません」
主人はコホンと咳をすると、先ほどの若い衆を呼ぶとなにやら耳打ちした。
男は頷くと一礼して部屋を出た。
「ところで、本日はどのような用向きで?」
「最近、巷で評判の『大舟屋』のご主人に成功の秘訣なんぞ伺おうと思って、寄らせて頂きました。」
サータルスが如才なく真顔で言う。
「ほほう」
「えろう、ごっつええサービスしてるらしいやん?」
にやりと笑うハイデッカー。
「そんなことはありませんがな」
「かくさんでもええで・・・、なんや、見世がよっぽど気に入ったのか、居続けてる客もおるちゅうやないか」
「ほう、それはどういうことですかな?」
「ここに入ったきり出てこない客がいると聞いてね」
サータルスが言うと、
「なるほど・・・それを調べにいらしたと?失礼だが、あなた方は近衛中隊の方々ともお見受けしませんが・・・」
「ああ、私は普段は傭兵を生業としている」
「ワイは、旅から旅への旅がらすちゅうやっちゃな・・・」
ご主人は、しばし思案しているようであったが、
「まあ、よいでしょう・・・、せっかくですから一献傾けながら話をしませんか・・・」
手をポンポンと叩くと、襖が開いて、若い衆が二人、膳を持って入ってきた。
そしてサータルスとハイデッカーの前に置いて、一礼をして出て行った。
立ち上がったご主人が、
「生憎、板付き太夫は接客中なのですが・・・」
と言いながら背にした襖を開くと、そこには「なでしこドレス」を身にまとった、若い綺麗どころが数人、手をついていた。
二人が驚く間もなく、顔を上げすっと彼らの傍らに寄って、お膳の銚子を取ると
「ぬし様、まずは一献」
「そちらのぬし様も・・・」
二人は勧められるままに杯を飲み干す。
「いい飲みっぷりでありんすなぁ」
「ささ、もう一献・・・」
いつのまにか酒宴が始まった。
ご主人は、二人が杯を重ねる様子を黙って見ていたが、やがて口を開いた。
「先ほど『成功の秘訣』とおっしゃいましたかな?」
「ああ・・・」
サータルスの目は、酒のせいかトロンとしてきている。
一方のハイデッカーは、隣の芸妓たちとわいわい騒いでいて、まったく話を聞いていない。
「手前どもがご贔屓いただいている最大の理由は、他と変わったサービスを提供してるからでしょうなぁ」
ご主人は微笑んだ。
「例えば、あなた方のお相手をしている芸妓、どう思われますかな」
「花も盛り、とても美しい・・・」
横に座る芸妓をちらっと眺めてそう答えた。
「そうでしょう、そうでしょう・・・」
主人はわが意を得たりとばかり頷くと、
「花は花でも菊の花ですがな・・・」
横を向いてボソッと言った。
「うむ?」
「ところで、『色変はる秋の菊をば一年〔ひととせ〕にふたたびにほふ花とこそ見れ』、新古今集にこのような歌があるのをご存知かな?」
ご主人が問う。
「さあ、知らないな・・・」
「そうですか・・・それは残念ですな・・・これは、『色が変わる秋の菊を、一年に二度美しく咲く花だと思ってみることだ。菊は、花盛りと、しおれかけの色変わりしたものと、二度賞美しなさい』という意味なのです」
「それが・・・?」
サータルスはなんだか、嫌な感じがしてきた。
例えば、今まで美しい花と思って見ていたのが造花と気づいた時の・・・、あるいは豪華な部屋だと思って見ていたものが、芝居のセットだと気づいてしまったかのような気分。
(なんだ・・・この感覚は・・・)
「そう、あなた方の隣にいるのは、いわば今が盛りの菊の花・・・」
(今、何か危険なキーワードを聞いたような・・・)
「なんやて?ってことは、ここにおんのは、姐さんではなくて、兄さん・・・?」
「ご明察」主人は陽に焼けた顔をほころばせた。
「それだけではない・・・ここでは、花盛りの菊だけではなく、色の変わった菊も賞味して頂けるのです」
ご主人はすっくと立ち上がった。
(いかん!ハイデッカー、き、気をつけろ・・・)
サータルスは叫ぼうとしたが声が出なかった。
そして、ご主人は後ろを向くと、羽織に手をかけ、一瞬のうちに着ていたものを脱ぎ捨ててしまった。
鍛え上げられ陽に焼けた逆三角形の上半身。
背中の筋肉を強調するようにダブルバイセップス・バックのポーズをとると、肩や上腕もひときわ大きく見えた。
そのまま、手を腰の位置まで下げる。
ラットスプレッド・バックである。
腰には真っ白な六尺が締められている。
そのまま、横を向いてサイドトライセップスのポーズ。
今度は上腕三頭筋が強調される。
そして、両手を頭の後ろで組むと、アドミナブル・アンド・サイのポーズを取った。
腰の動きがいやらしい。
力をこめたポージングを続けるうちに、ご主人の身体は汗でテラテラと輝きだした。
「いかがですかな?」
ナイスミドルのマッチョが汗のしぶきを上げながら、次々とポージングする。
見てはならないと思っても、目をそらすことが出来ない。
意識がどんどん遠ざかっていく。
サータルスは、その時とうとう思い出した。
先ほどから気になっていた、白粉や紅の香りに混じった臭いの正体。
(そうか・・・あの臭い・・・どこかで嗅いだ覚えがあると思ったが・・・カレッジのラグビー部の部室の臭いだったのか・・・)
サータルスは気を失った。
★
「・・・タルス・・・、サータルス・・・」
自分を呼ぶ声で目が覚めた。
「おお、ようやっと気づきよったな、ほんま、どうなることかと思ったわ」
「ハ、ハイデッカー・・・」
「そや、ワイのことわかるねんな?」
「ああ、ここは・・・どこだ・・・?」
「どうやら、さっきの座敷からここに運ばれたみたいやな・・・」
サータルスは、ハイデッカの肩に掴まり、ゆっくりと立ち上がった。
酒に混ぜられていた薬品の影響はあまり残っていないようだ。
あたりを見渡すと、鉄格子のはまった正面以外は石の壁で囲まれている。
裸電球のぶら下がる天井も、筵を敷いただけの床も石造りのようだ。
鉄格子の向こう側は、灯りが消えているためはっきりは見えないが、机の上には実験用の薬品や器具と思しきものが置かれ、壁には電極のついた拘束具のようなものも設置されているようだ。
サータルスは、昔の映画で見た、人造人間を作ろうとするマッドサイエンティストの研究室を思い出した。
そのとき、おもむろにドアが開き、室内の灯りがともった。
「目が覚めましたかな?」
楼閣の主人が入ってきた。先ほどとは違い、白衣に身を包んでいる。
サータルスの方を見ると、
「気を失うほど喜んで頂いて光栄ですな」
含み笑いをする。
「き、貴様・・・」
「ったく、気色わるいもん、見せやがって・・・、おかげでせっかくの酒と料理が逆流するところやったやないかいっ!」
「おやおや、あなた方は同好の士と思いましたが?」
「私は、貴様のようなアブノーマルな趣味は持っておらん」
「せやせや、ワイかて、±5才の姉ちゃん限定なんや」
「君たちはなんて心が狭い・・・、いいですか、人類の約半分は自分と同じ性別なのですぞ、最初から同性を対象から外すということは、出会いの機会を半減させるということ・・・」
「ムッ・・・、そう言われてみるとせやな・・・」
「わかりましたか?」
「ハイデッカー、乗せられるな」
「その点、私はバイですからな、チャンスも君たちに比べると2倍なのだよ・・・」
「・・・」
「・・・」
渾身のギャグをすかされたご主人は、気を取り直して、
「さて、今度はこちらが質問する番だ・・・」
目の色が変わった。
「君たちは、どこの組織のもので、何を探りに来たのかね?」
「何のことだ?」
「さっき、言うたやろ?人捜ししとんねん」
「とぼけるのはやめたまえ。君たちは我々が『特異体』についてどこまで研究を進めているのかを調べにきたのだろう?」
サータルスは、慧さまたちの話を思い出した。
「貴様、あの『特異体』の増幅を研究していた女の仲間か?」
「さよう、改めて自己紹介しよう。楼閣の主人は仮の姿、私の名は『浮舟』、この地下研究所の責任者だ」
「単なるバイのおっさんというわけやなさそうやな・・・」
「バイは私の趣味だ」
「いらんわ、そんなもんっ!」
「私の研究テーマは特異体の能力の移植・・・つまり、特異体として生まれたものからその特異なる能力を切り出して他の者へ移植することなのだ」
「なんやて・・・」
「生まれついて高い能力を持ちながら、気が弱くて戦闘に向かない・・・そんな宝の持ち腐れを活用することこそ我が使命」
「趣味だけやなくて、頭の中身も腐っとんな」
「君たちにも我が使命のための尊い犠牲になってもらおう」
浮舟がそう言うと、ドアから、先ほどの美少年たちが入ってきた、
「彼らを実験場へ」
★
美少年達は、華奢な見かけの割に力は強く、二人がかりで押さえられると振りほどくことは出来なかった。
地下通路を歩くと、やがて、大きな空間に出た。
部屋の中央に引っ立てられると、鉄のドアが閉まった。
「君たちには、ここで100人組手をやっていただこう・・・」
浮舟は振り返ると
「相手はここにいる全員だ」
四方から木綿の六尺を身に着けた数10人の少年が現れた。
「無事100人を倒したら、ここから出してやろう」
「くっ・・・」
「選択の余地なしか・・・」
「ゆけっ!」
サータルスは襲い掛かる少年達に困惑した。
顔立ちは美少女のそれと変わらない。
そんな彼らを、いくらなんでも傷つけたり殺したりはできない。
「許せっ」
出来るだけ顔を狙わず、当身の要領で腹部を狙う。
ふと見ると、ハイデッカーも同じように謝りながら相手を気絶させている。
何分たったろうか、気を失って横たわる美少年達。
その中に、ぜいぜい言いながら立っている二人。
「ほう・・・なかなかやるものだ・・・」
浮舟は感心したように言うと、指を鳴らした。
その合図とともに、ドアが開いて、別の一群がなだれ込んできた。
「今度はどうかな・・・?」
現れたのは、スキンヘッドや角刈りのマッチョな男達であった。年のころは20台前半といったところか・・・。
「押忍、押忍・・・」
と、うわ言のように言いながら迫ってくる。
「うわぁぁああああ」
サータルスは魂が飛びそうになるの必死でこらえた。
マッチョな男達と最小限の接触ですますためには飛び道具しかない。
腰を落とし波動弾の構えをとった。
数10分後。
99人目、最後のスキンヘッドが倒れたときには、二人とも立っているのがやっとであった。
「ふふふ、よくぞ頑張った・・・と言いたいところだが、おかげでもっとも苦しい死に様を選択してしまったようだな」
浮舟が白衣のボタンを外しながら言う。
「さっきからの闘いを見ていたが、君たちは私には勝てんよ」
そう言いながら、ダブルバイセップス・フロントのポーズを取る。
「なんやてっ!」
「フフフ・・・私のこの汗・・・これはただの汗ではない」
ラットスプレッド・フロントのポーズ。
「なにっ」
「この汗にはオイリーと同じ成分が含まれている」
サイドチェストのポーズ。
「!?」
「君たちの攻撃は物理攻撃・・・つまり・・・」
アドミナブル・アンド・サイのポーズ。
「私には攻撃が当たらないのだよ」
モスト・マスキュラーのポーズで決めた。
サータルスは舌打ちをした。
(確かに奴の言う通りだとすれば、物理攻撃のダメージは無効化される・・・あの汗を流し落とす方法があれば・・・)
「それでは、100人目の相手はこの私だ・・・かかってきなさい!」
浮舟が腰に手を当てて仁王立ちになった。
99人を相手にして、二人の体力はもう限界に達していた。
あと一回技を出せるかどうか・・・。
サータルスが、どうすべきか考えていた時、
「あ~~、もうやめやめ・・・」
隣で構えていたはずのハイデッカーが持っていた斧を放り出すと胡坐をかいた。
「どうせ、ワイの攻撃はあたらへんのやろ?それに、こっちももう体力あらへんねん・・・」
「おいっ、何を・・・」
「サータルス、自分ももう無駄な抵抗はやめた方がええで・・・」
そう言って浮舟に向き直ると、
「もうじたばたせんから、はよ、とどめさせや」
と言った。
「ふっ、もう少し楽しませてくれるかと思ったが残念だよ」
浮舟は、拳を振り上げ
「望みどおり、一撃で楽にしてやろう」
頭の上で両手を組むと、そのまま振り下ろした。
「かかったな、カウンター発動!」
ハイデッカーの身体を叩き潰すかと思われた拳は空を切り、その勢いを乗せたハイデッカーのパンチが浮舟の顎を捉えた。
「ぐわぁぁああああ」
顎をくだかれ、のた打ち回る浮舟。
「いまやっ!」
「気孔弾!」
のた打ち回ったおかげで、ぬるぬるの汗がはげた胸板をサータルスの渾身の一撃が貫いた。
ぴくぴく痙攣する浮舟の身体から、ぶわっと汗がはじけた。
裸電球の光に照らされて虹のようにきらめく汗は、次の瞬間、二人の身体に降り注いだ。
「ぎゃぁあああああ」
サータルスは悶絶した。
おまけ
「もう行くの?」
「ああ、いつまでも世話になるわけにはいかへんしな・・・」
「そう・・・、今度こそ見つかるといいわね」
「ああ・・・、きっとどこかでワイのこと、待ってるはずやし・・・」
「そうね・・・私たちも会えるよう祈ってるわ」
「おおきに、自分も早く治るとええな・・・エクサリアはん、よろしゅうな」
「ありがとう」
「・・・」
ハイデッカーは、強力なショックを受けたために精神が女性化してしまったサータルスと、その横で頭を抱えたエクサリアに手を振ると、次の町目指して旅立って行った。
ep.10 Fin
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