10月も後半になってくると、ハロウインの飾り付けでファンブルグの街は一段と活気を帯びてくる。
東地区の商店街も例年同様、パンプキンのランタンが飾り付けられ、夜がふけても煌々と灯りが照らされ、人通りが絶えることがない。
そんなメインストリートから外れた一角を物珍しげに歩く男がひとり。
長旅のせいで埃っぽくなった外套を着込んだ長身の兵士・・・いや、大きな戦斧を背負っているところをみると戦斧闘士か?
さっきからおのぼりさんのように、あちこち見渡している。すれ違う人にぶつかりそうになり、大きな身体を折ってぺこぺこ謝っている様子はなんだか微笑ましい。
(ふぁ~、それにしても都会はめっちゃ人が多いねんなぁ。ほんまに、こん中から探し出すことが出来るんかいな・・・)
男はだんだん不安になってきていた。
(とりあえず、噂に聞いた病院に行ってみるのがええんかな)
さっきから地図を広げて見ているが、自分がどこにいるのかさえ、さっぱり分からない。
(こりゃ、まいったわぁ・・・誰かに聞いてみるしかあらへんなぁ・・・)
あたりを見回すと、四つ角に女性が立っているのが見えた。タバコを手に、待ち行く人々を見ているが、待ち人がこないのか、ずいぶん手持ち無沙汰な様子である。こちらの視線に気がつくと手招きした。
男はその女性に近寄ると、声をかけた。
「なあ、自分、この辺に住んどるん?ちょっと病院探しとるんやけど、知らんかなぁ・・・女医はんがおるようなとこ・・・」
女は、腕組みしたまま、じろっと眺めると、
「あんた、どっから来たの?」
と尋ねた。
「ああ、ちょっと人を捜しとってなぁ、この間まではウィルノアちゅうとこにおってんねんけど、生まれたんはもっと西の方や」
「へぇ~、そう・・・」
女は、にやっと笑った。
「あんた、ついてるね、女医さんのいる病院だっけ?知ってるよ、私も以前お世話になってたからねぇ・・・」
「ほんまか!なら、ちぃと場所教えてくれんやろか?」
「だからさ、ついてるねって言ってるじゃないか・・・、私、今晩は暇なんだよ・・・そこまで案内してやろうって言ってるのさ」
「おおきに!自分、ほんま、親切やなぁ、ほな、さっそく行こか・・・」
「ふふっ、こっちへどうぞ・・・」
女は旅の男の腕を取ると、大きな門の方へ引っ張って行った。
ファンブルグ東地区の北側の一角。
昼間は人の気配もしないほど静かだが、夕暮れの頃から活気を帯び、夜になると賑やかな音が聞こえてくる不思議な場所。
そこは高い塀と掘割で囲われており、唯一行き来のできるのは南側に開いた大門しかない。子ども達が近づいても大門のところに立った仁王のような門番から、
「餓鬼どものくるところじゃねぇ!けぇった、けぇった・・・」
と追い払われてしまう。
その子ども達が大きくなって、再びこの大門の前に立っても、半分は同じように追い返され、中に入れるのは残った半分だけなのだが・・・。
幸か不幸か中に入れる半分に属するサータルスは、大門の内側、「センター」と呼ばれる中心街を北に向かってぶらぶらと歩いていた。
暮れ六つの鐘(午後6時頃)が鳴ってからやや立っている。
開店の合図であるファンファーレも終わり、「ショーウィンドウ」を兼ねた「張り見世」には看板娘たちが並んで、道行く男達に声をかけたり、煙草のキセルを突き出したりしている。
サータルスは、今夜はとても気分がいい。
理由はいくつかある。
久々に傭兵の仕事にありついて、懐が暖かいのもその理由。
いつもならべったり後ろをついてくるマミコも、里帰り中でいない。
エクサリアは夜勤だし、みい姉と黒猫達は、ヒヨコ神社に押し付けてきた。
監視役のいない開放感と軽くはない懐具合から、今夜はちょっとばかり羽目を外してもいいかな・・・そんな浮かれた気分になっていた。
気楽に入れる中規模の店が並ぶ一角へ曲がったところで 、西の方角から、なにやら騒ぐ声が聞こえてきた。
いきなり荷物を抱えた半裸の男が、サータルスの前に飛び出してきた。ぶつかりそうになるのをとっさにかわすと、男はたたらを踏んだが、どうにか踏みこたえた。
そして、サータルスに向かって
「すまん、追われてんのや。匿ってんか?」
と、片手で拝んだ。
事情は分からないが、おそらく支払いの件か何かで揉めたのであろう・・・。
そう踏んだサータルスは、顎で用水桶を指すと、男は、
「おおきに!」
と、さっと身をかくした。
男が隠れたのと同時に、妓夫を先頭に数人の男達が角を曲がって駆けてきた。
先頭を駆けて来た男は、サータルスを見ると、
「旦那、裸の男が来たろ?どっちへ行ったか、教えてくんなせぇ」
サータルスが無言でセンターの方角を指差すと、
「ありがてぇ、おいっ!こっちだっ!」
と駆けて行った。
男達が見えなくなってしばらくしてから、用水桶の陰に隠れた男に声をかけた。
「行ったみたいだぜ」
「おおきに!助かったわぁ・・・」
隠れている間に身に着けたのであろう。
黒いマントに身を包んだ男が姿を現した。
身長は自分と同じくらいか。
帽子から飛び出すボサボサヘアー、そこから左右にニョキっと突き出した耳、目は猫科の獣を思わせるつり目気味なのだが、どこか愛嬌を感じさせる。
「いやぁ、ホンマにまいったで、しかし・・・。ちょいと道を尋ねただけやのに、何や知らんうちに変な真っ暗な店に引っ張り込まれて、呑みもしないのに酒なんか出されて・・・わいは甘党やから、酒なんかいらんちゅうねん!そうこうするうちに臭い化粧のおばちゃんが寄ってきて・・・」
思い出したのかぶるっと身震いした。そして、
「『ええって』ちゅうてるのに、服に手をかけて脱がそうとするから、つい思わず『いらんちゅうとるやろ、このばばぁ!ワイは帰るんや!』って言うたら、金払えやて・・・」
(なるほど、いわゆる『ぼったくり』に引っかかったという訳か・・・)
サータルスは事の顛末を理解した。
(どこぞの田舎から出てきて、ストリートガールに声をかけてしまったんだな)
「・・・ほんでな、『そんな理不尽な話あるかい!』『いや、払え』『払わん』って押し問答してるうちに、なんやら怖い顔した兄サンたちが入ってきてな、『金がねえなら身包み置いていきやがれ』とかぬかしよるで、ついポカっとやってもたら、追っかけてきよって・・・」
卿が考えことをしていた間も話はまだ続いていた。
「あ、ああ・・・きみ・・・」
「ん、なんや?きみなんて、けったいな呼び方すんなや・・・。ワイの名前はハイデッカーや、よろしゅうな」
ニコッと笑って言った。
「ああ、私はサータルスだ、よろしくな」
「自分、この辺に住んどるんか?」
真顔で尋ねられた。
(まさか、花街の真ん中に住居を構える奴もおらんだろう)と突っ込みたくなるのを抑えて、
「あ、いや、ここは・・・その、花街だから、たまに遊びにくるくらいで、住居は別に・・・」
「そうなんや・・・」
サータルスの答えなぞ、どうでもいいという感じで、
「実はな、ワイ、人を捜して歩いてんねん」
「ほう?」
「なあ、女医さんのいる病院を知らんやろか?」
「女医?」
なぜかサータルスの頭には、ニコリと微笑んで注射器をぶっ刺す女性の姿が浮かんだ。
コホンと咳をしてから、
「ファンブルグでは、女性の医者は珍しくない・・・。病院もいくつかあるが、知り合いがいないわけでもないな・・・」
「ホンマかっ!なあ、そこに連れてってぇな」
「いや、急に頼まれても、私も、久々にこの大門をくぐってだな・・・」
「頼む、一生のお願いや・・・」
ハイデッカーは、90度のお辞儀をした。
「・・・せっかく、鬼の居ぬの間の洗濯・・・今夜を逃すと、そうチャンスはないし・・・」
ぶつぶつ言うサータルスを見たハイデッカは、ばたりと手をつくと土下座した。
「頼んます、あんさんだけが頼りなんや!」
「お、おい・・・、頭を上げろっ!どんな事情があるかは知らんが、外聞が悪い・・・」
物見高い連中が集まってくると、ことは大げさになりかねない。
ハイデッカーは「頼んます」と言ったっきり、頭を上げようとしない。
(まいったなぁ・・・)
「・・・わかった、連れて行くから・・・頼む、頭を上げてくれ・・・」サータルスはとうとう軍門に下った。
「ほんまかっ!」
ハイデッカーは、がばっと起き上がると、土のついたままの手でサータルスの手を取ると、ぶんぶんと振って、
「おおきに、おおきに・・・。自分、ほんまに、ええやっちゃなぁ・・・」
目を潤ませている。
先ほどまでの浮かれた気分が吹き飛んでしまったサータルスは
「ああ・・・」
と、呟くしかなかった。
★
西地区に向かう道中、ハイデッカーは上機嫌でしゃべり続けていた。
きっかけは、サータルスが一言、
「人捜しって言っていたが誰を捜しているのか」
と、尋ねたから・・・。
サータルスは、病院に着くまでの間に、捜しているのはハイデッカーの幼馴染で、医者の資格を取るために故郷を出たこと、幼馴染には妹が一人いて、弓術士からクレリックに転職したこと、ヒヨコを愛していること・・・。
問わず語りでインプットされる情報量の多さにサータルスは眩暈を覚え、うかつに問いかけたことを後悔していた。
「ほんでな、あいつが4歳のときのことやねんけど・・・」
10いくつか目のエピソードが披露されようとした時、西病院が見えてきた。
サータルスは、ほっとして、
「ハイデッカー君、話の途中で申し訳ない、ここが女医のいる病院なのだが・・・」
「おお、さよか・・・」言うが早いか、ハイデッカーは、
「ハニ~~~」
と叫んで飛び込んでいった。
油断していたサータルスにはとめる間もない。
中から、何やら音が聞こえていたが、やがて静かになった。
ギィとドアが開いて、
「兄さん、この大馬鹿連れて出て行ってくれる?今、急患の対応で忙しいの・・・」
こめかみに青筋を立てたまま微笑むエクサリアが出てきた。
サータルスが中を伺うと、目を回したハイデッカーが無様に伸びていた。
「おいおい・・・」
「大丈夫よ、放っておいてもすぐに目が覚めるから・・・」
「こいつ、西から幼馴染の女医志望を捜して来たみたいなんだが、聞いたことあるか?」
「ふ~ん、そういう子多いからねぇ・・・」首をかしげ、考えていたが、
「関係あるかどうかわかんないけど・・・」
エクサリアは切り出した。
「東の病院が花街の中に診療所を設けたんだけど、場所柄、女医にしなきゃ・・・って、女医を募集してたんだよね」
「なんだって?」
「場所が場所だけにあんまり応募者はなかったみたいだけど、地方出身の応募者で決まったとか・・・」
「・・・くそっ、その噂聞いてれば、わざわざ西まで来なくても済んだのに・・・」
「ん?何か言った?」
「い、いや、なんでもない・・・、そうか、花街ね・・・しょうがないな、こいつ連れて行ってみるわ」
サータルスは、エクサリアの目をみないようにして、気を失っているハイデッカーを抱えて病院を出ようとした。
「サー?」
びくっ、思わず振り向いてしまう。
「分かってると思うけど、大門が閉まる前に出てくるのよ・・・」
ニコッと笑ったエクサリアは続けた。
「万が一、大門が閉まった後に中に残っているようなことがあれば・・・」
「あれば・・・?」ごくりと唾を飲み込む。
「事実はどうあれ、不純異性交遊をしたと見做して、フィーアに告げ口するわっ!」
「わかったっ!絶対に戻る!だから、フィーアには言うなっ!」
サータルスは、ハイデッカーを担いだまま走り出した。
★
途中で意識を取り戻したハイデッカーとともに、サータルスは大門の前に立った。
時刻は、夜五ツ(午後7時半位)
大門が閉められるのは、夜四ツ(午後9時半くらい)なので、余裕はほとんどない。
「しかし、自分、大丈夫かいな?そんなに息切らせて・・・」
「・・・ちょっとだけ」
「ちょっとだけ?」
「や、休ませてくれ・・・走り通しで、く、苦しい・・・」
ぜいぜい言うサータルスを見ながら、同情的な顔つきで、
「自分、みかけによらず虚弱やなぁ・・・普段から、身体は鍛えとかな、あかんで?」
噛んで含めるように言った。
(誰のせいだ・・・誰のっ・・・)
声の出せないサータルスは心の中で毒づいた。
再び門をくぐった対照的な二人。
ハイデッカーはあたりをきょろきょろ見ながら、
「なんや、こん中におったんかいな・・・やっぱ、さっきの姐さんに感謝せなあかんかな・・・はっはっはっ」のんきなことを呟いている。
一方のサータルスは、馴染みの茶屋からもらった花街図会(地図)を見ながら、
「・・・診療所はこっちだそうだ」
どんどん進んでいく。
「せっかくなんやから、もっとゆっくりいこうや・・・ワイもこんな賑やかなとこ、初めてやし・・・」
「ついて来ないなら置いていくぞ」
「そんなつれないこといいなや・・・」
(貴様のせいで、どんだけ窮地に立たされているか・・・)
苦虫を噛み潰した顔で、先を急ぐサータルスであった。
「あ~、センセーはいま、往診に出ておりますよ」
揚町の外れに診療所を見つけ、中に入ると出てきた助手がそう告げた。
「くっ、入れ違いか・・・」
「ほなら、出迎え方々いってみよか?」
「よせっ、また、行き違いになるぞ・・・」
「せやかて、ここで待ってるより、早いやろ?嬢ちゃん、センセはどこへ行ったん?」
「新町の大舟屋さんです」
「大舟屋?」サータルスが聞き返す。
「なんや?知ってるんかいな?」
「ああ、名前は聞いたことがあるな・・・最近出来た見世だが、リピーターが多いと評判だ・・・」
「ほぉ、ごっついサービスでもしとるんかいな」
「それだけじゃない・・・傭兵仲間に聞いたんだが、入ったきり出てこないのもいるとか・・・」
「居残りかい?」
「そういう浮いた話ならいいんだがな・・・」
「なんや、きな臭い話になってきよったなぁ・・・、そういうところなら・・・」
「ああ、迎えに行くべきだろうな」
「ほな、行こか・・・、嬢ちゃん、邪魔したな」
急ぎ足で大舟屋に向かう二人の表情は、花街を冷やかして歩くそれではなかった。
ただいまの時刻 夜五つ半(夜8時半くらい)
後篇へ続く
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