翌日の昼下がり。
昨日同様、心地よい薫風がリセリア城の中庭を通り過ぎていく。
すっかり葉桜になった中庭の一角になにやら人だかりがしている。
中央にテーブルには3人分の席。
そのテーブルを挟んで左右ハの字形に置かれたベンチには、それぞれ4人ずつ腰掛けられるスペースがあった。
向かって左側の青いベンチには『王立飛び研究所』の4人が、右側の赤いベンチにはヒヨコ神社の面々が座っている。
やがて、3人の人物が入ってきて中央のテーブルに着いた。
BANXは立ち上がると、慧さまに向かって言った。
「それでは、そろそろ勝負を始めましょうか」
「こっちはいつでもOKよ」
「本日の立会人というか審判役として3人に来ていただきました。」
BANXは振り返って、
「今さら、紹介しなくても構いませんね?アインさんはそちらからのご指名ですし、アーメイ教官はいやしくもここにいる方はみなお世話になっている方ですし・・・」
最後の一人を見ながら
「こちらは・・・」
「セバスチャンですっ!」
その女性はBANXが紹介する前に、突如立ち上がって、あわあわしながら名乗った。
「・・・そういうことにしておきましょう」ふっと笑うと、
「というわけで、判定はこの方たちにお願いします」
アイン、アーメイ、"あの人"・・・
「えーと、突っ込みたいところはいろいろあるけど・・・」こめかみを押さえて慧さまが言った。
「さっさと始めなさいよ!」
「審判長兼進行役は、アーメイ教官にお願いしようと思いますが?」
「異存はないわ!」
「アーメイ教官、よろしくお願いします」
BANXは慇懃に頭を下げた。
「では、両軍ともメンバー表を提出するように」
アーメイが大声で呼ばわる。
「こちらに・・・」
「は~い」
アーメイ教官は、両軍から提出されたメンバー表を開いて確認していたが、顔をしかめて、
「・・・貴様ら!ふざけておるのか?」
「どうかしましたか?」
「はいっ?」
「おいっ、王立飛び研究所っ!これはなんだ?」
手にしたメンバー表をBANX所長に突きつけた。
「はて、何か問題でも・・・?」
メンバー表に書かれているのは、
1.秘密兵器
2.ミスターX
3.謎の助っ人
4.切り札・・・
「貴様、よもやこんなものが通ると思ってはおるまいな?」
「ふむ、最初に手の内を明かさないが読者に対する礼儀だと思いますが?」
「何が『読者』だ!」
「やることがきったないわね・・・」
「馬鹿もん!貴様もだ!!」
「なんですって!!・・・これのどこに問題があるというの?」
慧さまはもう一枚のメンバー表を指差す。
「おおありにきまっとろうが!」
アーメイ教官が示したヒヨコ神社のメンバー表には
1.考え中
2.思案中
3.検討中
4.選考中
と、書かれてあった。
「なんと卑怯な手口・・・なかなか、やりますね・・・」
「あんたに、卑怯とか言われたくないわよっ!」
憤然としながら席につく慧さま。
席に戻ったBANXは怪訝な顔をして、隣に座っているぽんくすに尋ねた。
「褒めているのに何を怒っているのでしょうね?」
「いや、それっ、全然褒めてないから・・・」
ぽんくすは頭を抱えた。
「もうよいわ!これより第1回戦を始める!」
アーメイ教官が吼えた。
★
「一回戦は料理勝負じゃ!」
アーメイが告げると、
BANXはメンバーを見渡して、
「ふむ・・・それではこちらは・・・お嬢、お願いします?」
「?」
「ええ~~~っ、お嬢は包丁なんて握ったことないですよ~~」
困ったようにぽんくすがいうが、
「それじゃあ、ぽん、やるか?」
グラ子が問うと、
「無理ですよぉ」とたんに弱気になる。
「この勝負、勝ちにいきますよ」
BANX所長は不適に笑った。
「ははは、見て・・・向こうは困ってるわ」
底意地の悪い笑みを浮かべながら慧さまは、
「こっちは・・・、マミコ、あんたに決めたわ」
ピンクのメイド服を指さした。
「私ですかぁ?」
「あんたの実力見せ付けてやりなさい!」
「は~~い、ダーリンがいないのが残念ですけどぉ、頑張りますぅ」
「よ~し、両チームの代表はこちらへ。
これから、ここに用意した食材を使って、それぞれ料理を作ってもらう。
テーマは『戦場で食う飯』だ、わかったか?
時間は10分・・・。いいか?よ~し、それでは開始!」
アーメイ教官の号令とともに、一回戦調理バトルが開始された。
先に動いたのはマミコだった。
ざっと材料を見渡すと、いくつかの野菜を選んで下ごしらえを始めた。
じゃがいもの皮を剥き面取りをして、さっと湯通しするとへらで丁寧につぶしマッシュポテトを作る。
レタスを適当な大きさに千切り、氷水を張ったボウルに浮かべてから、タマネギの輪切りを同じく水にさらす。
トマトを輪切りにして用意した皿に載せる。
SPAMのランチョンミートを厚く切り、温めていたフライパンでいためて皿にあけると、開いたフライパンには卵を割って入れた。
出来立てのバケットを厚く切り、バターとマスタードを塗ってレタスを引き、トマトとタマネギの上にランチョンミートと半熟の目玉焼きを挟み、食べやすいように半分に切る。
ちょうど湧き上がったお湯をアルミカップに注いでコーヒーを淹れ、皿にサンドイッチを載せてマッシュポテトを添えてからトレイに置くと、審査員席に運んだ。
流れるような手際に審査員も観客席からもどよめきが起きた。
「どうぞぉ~、特製のサンドイッチですぅ~」
手にとってかぶりついたアインが
「このサンドイッチ、とっても美味いにゃ」
と言うと、
「マッシュポテトも美味しいですぅ」
“あの人”も応えた。
「うむっ、これはボリューム、味、栄養バランス、どれを取っても及第点じゃ」
アーメイ教官も満足そうに頷いた。
「勝ったわ!」慧さまはほくそ笑んだ。
「見てよ、あの子、包丁も使えないみたいだし・・・」
確かに記録嬢は開始からほとんど動いていない。何かを探しているようだが・・・。
残り時間がわずかになったとき、ようやく見つけたようだ。
「♪」
おひつから熱々のご飯をよそうと、食材の山から見つけて取り出した鰹節をとがった爪で削ってご飯の上に載せた。
そして、お醤油を垂らしてから新鮮なバターを載せた。
満足そうにお盆に載せると、よちよちと審査員席に運ぶ。
記録嬢が登場したときからハート型の目をしていたアインだが、目の前におかれた「猫まんま」をみると目を細めた。
「こ、これは・・・」
スプーンでひとさじ掬って口に運ぶ。
「・・・ソウルフードにゃ・・・」
天を仰ぐと静かに歓喜の涙をこぼした。
他のふたりも「猫まんま」を味わっていたが、やがて、アーメイ教官が
「判定!」
と叫ぶと・・・
「王立飛び研究所」を示す青旗が3本上がった。
「なんでよ~~~!!」憤懣やるかたない慧さまが叫ぶ。
「シンプルではあるが、栄養価、満腹感といった野戦食の要件は満たしておる。しかも安あがりだ。」
戦場の鬼アーメイ教官が言うと
「マミコさんの手際は見事でしたが、食材や調理技術を問わない味は魅力的です・・・」
申し訳なさそうに“あの人“も言う。
「きろにゃの愛情、確かに受け取ったにゃ・・・」
約1名、勘違いしているのもいるけど・・・。
「くっ、わかったわよ・・・」
悔しそうに唇を噛む慧さまだが、
「次は絶対に勝つわよ」
★
「それでは2回戦を始める!2回戦の種目は・・・」
アーメイ教官が言った。
「早口言葉対決だ!」
「それじゃあ、ぽんくすくん」
BANXはにやっと笑うと、
「よろしく頼みますよ」
「これなら、Lvには関係なさそうですしね、行ってきます」
何をさせられるか不安だったぽんくすだが、種目を聞いてちょっと安心したようだ。
「こっちは、斎ちゃん、お願いね」
「はぁ・・・」
気乗りはしない斎だったが、
(まあ、殴りあったり、呪文をかけあうよりはましですね・・・)
と思っていた。
「それではルールを説明する」
アーメイ教官が手にした紙を見ながら言った。
「お互いに早口言葉を出題し、相手に与えたダメージの大きい方が勝ちとする。勝負は3回戦・・・途中で言えなくなった場合はリタイアとみなし不戦敗となる、わかったな?」
「ちょ、ちょっと・・・なんですか!ダメージって・・・」
慌てるぽんくす。
「早口言葉って、そういうものでしたっけ・・・?」
首を捻る斎であったが、アーメイ教官はそのまま
「それでは、先行は『王立飛び研究所』ぽんくす!」と告げた。
「えーと、ダメージを与えるといっても・・・よくわかんないな・・・。とりあえず、オーソドックスなところで、『蛙ぴょこぴょこ、三ぴょこぴょこ、合わせてぴょこぴょこ、六ぴょこぴょこ』・・・お願いします。」
「簡単ですわ」
そういうと斎は、
「かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこあわせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ」
すらすらと言い切った。
「!」
驚くぽんくす。
「それでは、私の番ですね」
斎は、にこっと笑うと、
「『呪術士手術中』・・・言ってみて下さい。」
「ええっ」ぽんくすは、おずおずと、
「じゅじゅちゅ・・・あぅ、じゅじゅつししじゅ・・・ああっ・・・舌噛んじゃった・・・」
その瞬間、ぽんくすの頭の上にダメージを示す数字が上がった。
「じゅじゅつししゅじゅちゅ・・・ああっ」
また舌を噛んだらしく、頭上に数字が上がる。
数分後・・・。
ようやく言い切ったぽんくすだか、すでに息も絶え絶えになっている。
「じゃ、じゃあ・・・」
はぁはぁ言いながら、
「青巻紙赤巻紙黄巻紙・・・どうだ!」
斎は、背筋を伸ばすと
「あおまきがみあかまきがみきまきがみ」
一息で言ってのけた。
「では・・・」
にこっと微笑んで
「『魔術師修行中』と言ってみて下さいな」
「!」
「あ~あ、詰んだな・・・」
グラ子は剣を持って立ち上がるの同時に、
「ほげぇぇえええええぇぇ」
その瞬間、舌を噛んでダメージを受けたぽんくすが、悲鳴とともに東の彼方に飛び去っていった。
「2回戦勝者!、ヒヨコ神社、斎!」
斎は勝ち名乗りを受けながら、
(ふぅ・・・養成所時代には、「外郎売」を嫌というほどやらされましたからね・・・。こんなところで役立つとは思いませんでしたわ・・・)
知らない人にはなんのことかわからないことを思っていた。
★
「それでは、第3回戦を始める。」
前に出てきたのは、大剣を担いだサングラ子と戦斧を背負った左之助だ。
アーメイは目を細めた。
(3回戦はようやく闘いらしくなるな・・・)
「よしっ、それぞれの武器の腕前を思う存分振るうがいい」
対峙する二人、東西の違いはあれど、まさに武士同士の対決といった様相だ。
「あんたが左之助かい?」
「そなたがサングラ子・・・」
ふたりは同時に口を開いた。
「ヒヨコ神社の慧さまとつるんでる戦斧の達人・・・」
「王立飛び研究所長BANXの用心棒で大剣遣い・・・」
セリフがかぶっているが構わずに、
「でも、その腕前は・・・」
「だが、その腕前は・・・」
続ける。
「「ファーレンじゃ2番目だ!」」
最後はぴったりハモった。
睨み合ったまましばしの刻が過ぎた。
二人とも先ほどと違って、こめかみに青筋が浮いている。
「ふっ・・・」
先に息を抜いたのはサングラ子の方だった。
「面白い・・・」
なぜか足元に落ちていたモミの材木を拾い上げた。
「その腕前みせてもらおうか・・・」
手にした丸太を空中に放り上げると、
「はっ」
気合一閃、剣を振り払った。
落ちてきたのを受け取ると、まるで果物のように外皮がくるりと剥けた。
一瞬の早業に観客はどよめいた。
「この程度のことは朝飯前だろう?」
挑発するように笑うと、皮が剥けたモミを左之助に投げてよこす。
受け取った左之助は、
「・・・」
無言で斧を構えると、丸太を無造作に投げ上げた。
ひゅっという音とともに斧が振られ、
かん、かん・・
乾いた音が鳴った。
落ちてきたモミの丸太を拾い上げて斧の柄で軽く突くと、表札大の板がくり貫かれて落ちる。
おおおお
観客はさらにどよめいた。
「ほう・・・」
サングラスの奥の目を細めて、表札の大きさのモミの板を受け取った。
「俺もそろそろ本気をだそう・・・」
モミの板をBANXに投げつけ、
「頭に載せな」
そして、やや離れたところから助走をつけ、
「光速剣 Ärger von Naglering!!」
BANXの脇を駆け抜けた。
サングラ子は、カラランと落ちた板を拾うと、
「ほらよっ・・・」
と、左之助に投げて寄こす。
左之助が板を裏返すと、そこには釈迦如来像が浮き彫りになっていた。
うぉぉぉおおおおおお
またもどよめく観客。
「・・・釈迦如来は・・・」
左之助が斧を振るう。
「・・・高峰三枝子に限る・・・」
釈迦如来像の横に「高峰三枝子賛江」と彫られていた。
「あっ、あれは、『鬼斧瞬抜斬』・・・」慧さまが呟いた。
うぉぉぉおおおおおお
またまたどよめく観客。
「ふん、秘剣 Traurigkeit von Hrunting!!」
釈迦如来像の手に長命の相が刻まれた。
どよめく観客・・・。
「・・・妖斧塵砕激!」
釈迦如来像の前に孫悟空が現れた。
・・・
数時間後。
拡大鏡で爪楊枝大の木の先に刻まれている文字を見ていたアーメイ教官は、ため息をつきながら告げた。
「・・・この勝負引き分けとする・・・」
観客は、最早、声を上げる気力も残っていなかった。
★
「一勝一敗一引分ですか・・・」
「やっぱりこうじゃなくちゃね・・・」
慧さまはニカッと笑った。
「ふふっ、祭りを締めるのはリーダーの役割よ」
「そうですか・・・それでは・・・」
銀髪ジャージ眼鏡の所長が立ち上がった。
「私も全力でお相手しないといけませんね・・・」
あくまで自然体のBANX。
「あれっ、BANXさんって格闘の心得なんてありましたっけ?」
ぽんくすが不思議そうな顔でグラ子に尋ねる。
「あるわけねーだろ」
前を向いたままグラ子は答えた。
「あれこそが、アレの必殺技『はったり』だよ・・・まあ、通じる相手かどうかわかんねーけどな・・・」
「ふっ・・・じゃあ、いくよっ!」
小太刀を逆手に構えた慧さま。
「いつでも、どうぞ・・・」
微動だにしないBANX。
慧さまがダッシュしようとしたその瞬間。
「フレイヤ大陸中央部に巨像が現れたぞ~~!!イール方面に向かうやつは気をつけろ~~!!」
突然スピーカーから放送が流れた。
「!」
慧さまは、放送を聞くやいなや、
「や~~めた」
その構えを解いた。
「試合放棄は貴様らの負けになるが?」
アーメイが正すと、
「はいは~~い、それで結構よ・・・」
慧さまはこともなげに答えた。
そして、斎、左之助、マミコを見て、
「いくよっ!」声をかけると、
「はいっ、お姉さま」
「うむっ」
「ああん、わたしもぉ、いきますぅ・・・」
4人は駆け出していった。
一方、中庭に残された人々。
「はぁ・・・なんだかわからないけど、僕たちの勝ちなんでしょうか?」
「ああ・・・」
「♪」
「記録嬢は勝って嬉しいというよりも、終わってよかった・・・ってことかな?」
「♪♪」
「さて、俺達も引き上げるか」
剣を担ぎ直したサングラ子は、記録嬢とぽんくすを促して歩き出した。
(疲れる一日だったな・・・)
「ふはははっ」
大笑したアーメイ教官は横に座った女性に言った。
「面白いやつらですのぉ」
「そうですね・・・」
”あの人”は力なく微笑んだ。
「あんな方がたを巻き込むのは心が痛みます・・・」
「うむ・・・」
二人は歩きながら話を続けていたようだが、次第に声は小さくなり聞こえなくなった。
誰もいなくなった中庭には固まったままの銀髪ジャージ姿で眼鏡の所長の作る影が長く伸びていた。
おまけ
その夜・・・。
「お前、議会にはどう報告するつもりだ?」
「はて、なんのことでしょう?」
「勇者候補として選別するのが俺たち、いや、この研究所に職務だったはずだな?」
「彼らは試練の回廊を出たばかりのヒヨッコではありません。我々が選定すべき対象ではありませんが・・・」
「最近、召還時の事故で試練の回廊を経ずに野に解き放たれる勇者候補がいる・・・彼らは通常の勇者候補とは違った成長曲線を描く。そういった勇者候補を『特異体』と呼ぶ・・・」
「・・・他人宛ての手紙を読むのは感心できませんね・・・」
「もう一度聞く・・・奴らは『特異体』なのか?」
「さて、そろそろ休みますか・・・今日は慣れない活躍をしたので疲れました・・・」
「そうやって韜晦しているがいい・・・」
ドアをバタンと閉めて出て行く足音。
「子ども達が起きるじゃないですか・・・」
窓を開け夜風を入れる。
(知らない方が幸せってこともあるんですよ・・・)
ep.6 Fin
Special Thanks to BANXさん、サングラ子さん、ぽんくすさん、記録嬢さん
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