それはいつものように店を開けようと東地区に向かっていたときのこと。
(天気もいいね~、絶好の狩り日和だね~)
などと考えながら南地区の噴水広場を歩いていたら、前から来た少女にドンとぶつかってしまったんだよね。
「きゃっ」
その子は、どんと尻餅をついた。
「ごめんごめん、ちょっとよそ見したの」
慌ててそう言いながら手を差し出すと、
「ありがとう~」
手につかまって立ち上がった少女は、私よりは頭ひとつくらい大きい感じだった。
自分より体格がいいのに、相手の方がぶつかって跳んだっていうのは微妙に乙女心に響くよね。
「大丈夫?」
「あ、大丈夫です、大丈夫です・・・、こっちもちょっと慌てていたから・・・」
そういう少女は、レジャーハットにワンピース姿、背中には梅雨時でもないのになぜか傘を背負っていた。
「それじゃあ、急いでるのでこれで・・・」
「あ、ああ・・・うん」
では~と言いながら、少女が去りかけたところに、ペット屋の角を曲がって人影が飛び出してきた。
「お待ちなさい!」
「あっ、やべー」
レジャーハットの少女は慌てて逃げ出そうとしたが、飛び出してきた人影は、行く手に回り込むと手を広げて通せんぼをした。
「待ちなさいって言ってるでしょ!」
人影は大きなリボンをつけた少女だった。
リボン少女はキッと、レジャーハットの少女を睨みつけたまま、私にむかって、
「そこのあなた、お財布とか盗まれてませんか?」
と尋ねた。
「えっ?」
言われるがままに、懐に入れてあったはずの財布を探ってみると・・・ないっ!!
このレジャーハットの少女が、さっき私にぶつかった時に懐から抜いたのね。
盗賊の「慧さま」から財布を掏るなんて、いい度胸してるわね・・・。
というか、言われるまで気がつかなかった私も私だけど・・・。
「さぁ、私とこの方のお財布・・・盗ったものを出しなさい!」
リボンの子がレジャーハットの子(う~ん、面倒くさいわね・・・。リボンの子はリボンちゃん、帽子の子はハットちゃんにしておくね)に詰め寄る。
「あ~あ、バレちゃったらしょうがないかぁ・・・」
ハットちゃんは、ポケットに手を入れるとお財布を取り出して、
「ほら・・・返すから・・・」
と言って財布を、
・
・
・
空高く放り投げた。
そのお財布は、地面に落ちる前に空中で止まった。
「まるまつっ!それを持って逃げろ!!」
(わかった・・・)
幽かな声と同時に、私たちはとっても不思議なものを見たんだ。
空中で止まったように見えたお財布は、オールバックで眼鏡をかけた青年が受け止めていたの。
「ひっ・・・」
リボンちゃんは息を呑んだ。
「うわっ・・・」
私も声を失った。
なんでかって?
その男、普通じゃなかったのよ。
はっきり言えば変・・・、しかもかなり変だった。
何が変かって?
最初に驚いたのは半透明で後ろが透けていたこと!
それによくよく見ると頭の上に光る輪が浮かんでいる。
これって、マンガやアニメでは死者を意味する記号だよね?つまりあの男は幽霊?
でも、おかしなのはそれだけではなかった。
この世界に現われる魔物の中には不定形、つまりエネルギーの集合体のようなモンスターもいるし、幽霊がいてもいいとしよう・・・。
でも、なんでメイドナーススーツを着てるんだ!
まさか女装マニアの幽霊ってことないよね・・・。
背中にゾクゾクっと寒気がしたんだけど、幽霊に直面しているから・・・ではなかったと思うよ、多分・・・。
徐々に実体化した女装した男の幽霊は、財布を持ったまま逃げ出した。
ハットちゃんもその様子を見て、反対側に駆け出した。
「あんたは、あっちを追っかけて!私は、あの幽霊を追っかけるから・・・。落ち合う場所はここねっ」
まだ青ざめているリボンちゃんにそう言うと、私は返事を待たずに幽霊男の追跡を始めた。
☆
女装幽霊男の追跡は、思ったほど苦労はしなかった。
空中を飛んだり、姿を消されるとやっかいだな・・・と思ったけど、実体化した女装幽霊男はなんと地上をのたのた走っていた。
「待ちなさい!」
「うわ・・・まだ追っかけてくる」
小路を曲がったところで女装幽霊男の前に回りこむと足を出した。幽霊だけにスルーされるかと思ったんだけど、まるでコントのように足に引っかかって転んだ。
「うわっ」
「こらっ、変態幽霊!私たちの財布、返せ!大人しく返さないと・・・」
「へ・・・変態幽霊じゃないやいやい!よくもやったな・・・幽霊を怒らせると怖いんだぞっ」
幽霊男は啖呵をきった
「なによ?やるって言うの?」
「言っておくけど、俺は幽霊だから物理攻撃も呪文も効かないからな、へへん」
「ほほ~~、そうなんだ・・・」
懐から、お昼のおむすび用に持っていた食塩を取り出して、
「あんたも幽霊なら『清めの塩』って知ってるよね、その効果、身をもって試してみる?」
そういうと、
「いやあの僕非常に人畜無害な一般の幽霊でして人様に迷惑かけるような事は全然してませんのでどうかこの命だ・・・」
男はコロっと態度を変えた。
「さっきとはずいぶん態度が違うね?」
「すいません調子乗ってました」
「人の財布持って逃げた時点で、迷惑かけてんのヨ!その上、その格好のどこが人畜無害だって?それに・・・」
ハァハァ肩で息しながら
「あんた、幽霊ってことはもう死んでんじゃん!!」
「あっ・・・なるほど・・・」
ポンと手を打った幽霊男の顔を見たらどっと力が抜けてしまった。
☆
大人しく財布を差し出したまるまつ(女装幽霊男)を連れて、さっきの場所に戻るとリボンちゃんがぽつねんと一人で立っていた。
リボンちゃんはこっちに気づくと、駆け寄ってきて、
「どうでしたっ?」
「うん、お財布は取り返したわ、はいっ、これあなたの・・・」
「あ、ありがとうございます・・・」
「それと、こいつも捕まえてきたよ。」
まるまつを前に出して、
「こいつは、『まるまつ』って言うんだって・・・さっきの子―『めび』っていうらしいんだけど―つるんでるらしいよ、話を聞いたらさ、今回が初めてだったみたいだから、財布も返ってきたことだし、お説教して放免しようかと思うんだけど・・・」
「あの・・・」
「ん?どうしたの?」
「その、めびさんなんですけど・・・、いかにも悪そうな奴らが連れて行ってしまって・・・」
「えええっつ!」
「め、めびがっ?」まるまつも叫んだ。
☆
リボンちゃんこと斎(いつき)ちゃんの話によると・・・。
逃げるめびちゃんと追いかける斎ちゃんの前に、黒いローブを来た男たちが現われたそうなの。
それで、めびちゃんに向かって、
「娘、さっきの騒ぎはみていたぞ、まだまだ荒削りだが、我々が鍛えればものになりそうだ、一緒に来い」
「ちょ、ちょっとなんなんですか!あなた方はっ?」
「うるさい、お前には用はない!!」
黒衣の男たちは、斎ちゃんを押しのけ、めびちゃんを取り囲む。
「あ、ウチには、変態女装幽霊がいますんで、長らく家を空けることはできないんですよ~、すいませ~ん・・・」
「我々黒史教団を相手にふざけるとはいい度胸だな」
「というか、黒い服なんか着て威張り散らしてるやつらの仲間なんかになるのは、まっぴらごめんだね、あんたたち幽霊以下だっ」
「な、なにおぅ!」
「連れて行って協力的になるまで洗脳するんだっ!」
そう言って男たちはめびさんを捕まえたそうよ。
「は、放せ~」
「待ちなさい、その人を放しなさいっ」
「ええい、邪魔するな!!」
止めようとする斎ちゃんを突き飛ばして、男たちはめびさんを連行して行った。
「め、めび・・・」
「あんた、どうするの?」まるまつに向かって聞くと、
「めびを助けにいくっ!当然じゃないかっ」
「へぇ・・・あんたひとりでいけんの?」
「へん、こう見えてもファンブルグの最強幽霊と言われた俺なんだ」
「ほほぅ、それはご立派な・・・」
「相手が塩を持ってたらどうするのですか?」
斎ちゃんが尋ねる。
「し、塩?」
「あるいは、敵のアジトが岩塩の採取場所の上にあったら?」
「うっ・・・」
「そ、それより、アジトそのものが岩塩で出来ていたら?」
「ううっ・・・」
まるまつは、しばらく思案していたが、
「お願いします、めびを救出するのを手伝ってください」
ガバっとひれ伏すと頭を下げた。
斎ちゃんと顔を見合わせる。
(うん、いけそう・・・)
斎ちゃんの目はワクワクしているように見えた。
「わかった、私たちが手伝ってあげる」
「私もさっきの黒史教団の男たちには頭に来ているんですよね」
斎ちゃんも頷いてくれた。
「じゃあ、決まり!いきましょっ!」
「でも、黒史教団のアジトってどこにあるんでしょうね?慧さま、知ってます?」
「ううん」
「まるまつさんは?」
「任せて!」
まるまつは胸を叩いた。
「う~し、じゃあ、まるまつに案内を・・・」
「あ、嘘です嘘です、全然知りません」
「あ、あのさ・・・」
「すいません、なんか目立たなきゃいけないかと思って・・・、すいません本当にお馬鹿ですいません・・・」
「はぁ・・・まあ、いいわ・・・でも、アジトの位置が分からないと困ったわね」
「そうですねぇ・・・」
「それでは私が案内いたそう」
「「!」」
なんと、パープルの虎が案内をかって出たの。
☆
「パープルの虎」って言っても、本物の虎ではなくて虎を模した鎧(タイガークルム)を身に着けた兵士だったんだけどね。
虎男は左之助と名乗った。
左之助さんは普段は傭兵をしているみたいなんだけど、これまでに何度か黒史教団の支部を潰してきたんだって。教団の連中の間でも有名になっているらしく、「ファンブルグの狂虎」というと通り名も授けられているみたい。
「この辺りに現われるのは南地区の空き家を根城にしている奴らであろう」
「へぇ・・・そうなんだ」
「じゃあ、連れて行って下さい、お願いします」
斎ちゃんが頭を下げたら、
「めび~~~、今からいくからなぁぁぁぁあああ」
まるまつもテンションが上がっていた・・・。
大丈夫かな・・・。
私たちは、その左之助さんを先頭に、奴らがめびさんを連れ込んだと思われるアジトにやってきた。
「全員で突入してもいいんだけど、めびさんが人質になっているから、慎重にいかないとね・・・」
「そうですね」
「うむっ」
「じゃあ、左之助さんがドアを蹴破って、斎ちゃんが中にバニッシュブロウを打ち込んで・・・」
「はいっ」
「承知」
二人が頷く。
「わたしが飛び込んでかく乱するから、まるまつはその間にめびさんを救出して逃げるの・・・いい?」
「はいっなにぶんめびのことよろしくお願いします」
いささか緊張した面持ちのまるまつも頷いた。
「いい?それじゃあ合図したら作戦開始よ」
頭の中で♪ワンダバダバ ワンダバダバ ワンダバダバダン~♪と音楽が鳴り始めた。
「作戦・・・開始っ!」
☆
一時間後。
南地区噴水広場。
「本当に、ゴメンなさいっ」
めびさんが頭を下げた。
「いろいろ迷惑かけちゃってすいまセンしたっ」
まるまつもぺこぺこと頭を下げる。
「もう、こんなことしないで下さいね」
斎ちゃんも諭しながら苦笑を浮かべている。
「それにしても、3人のコンビネーションはすごかったです」
感心したようなめびさんが言う。
「これが初対面の3人とは信じられませんね」
それを聞いたまるまつさんが頷いて、
「俺とめびもこんだけ息を合わせられれば、掏りでやっていけた・・・」
「この馬鹿まつ!」
「な、なんだよ、馬鹿まつじゃないやいやい」
「おまえさ、空気よめよ、ここは改心してハッピーエンド、『よよよいよよよいよよよいよい』の場面だろっ、なに言ってんだよ、ほんとにもうこのメガネは・・・」
「そういうめびだって、今度はこいつらと組んで盗賊でも・・・って思っていたんだろ?」
「な、なにを言うかなこのメガネは!」
「あ~~、やっぱりそうだったのか、チクショウ、俺だって・・・」
「あ、あの・・・、仲間割れはそのくらいで・・・」
斎ちゃんがたしなめる。
「そうよ、まあ、とにかくもう悪いことはしちゃだめよ」
「うむ・・・、汗して働いてこそ得られるものもある」
左之助さんも頷く。
「でも、冗談はおいて置いて、3人でチームを作ったらいかがです?斎さんの魔法、左之助さんの剣術に姐御の指揮力があれば怖いものなしですよ」
めびさんが言った。
私たち3人は顔をお互いの顔を見渡した。
「どうしましょう?」
「うん・・・悪く・・・ないかもね?」
「私は構わないが・・・」
「それじゃあ、決まり」
めびさんが嬉しそうに言った。
「チームの名前は・・・」
「あっ、ヒヨコっ!」
突然、まるまつが叫んだ。
まるまつが指差す方向、ペットを売りに来た人が間違って開けてしまったのか、檻から放たれたヒヨコがピヨピヨ走り回っている。
「だからさぁ、お前、空気読めよ・・・。何がヒヨコだよ・・・」
めびさんは嬉しそうにヒヨコを追いかけているナースメイドを見ながら嘆息した。
「でも、私たちもひよっこだし・・・」
「チーム名はヒヨコ・・・で、いいかなっ?」
斎ちゃんと顔を見合わせて笑った。
左之助さんも無言で頷く。
「えっ?」
めびさんだけが、怪訝な表情を浮かべていた。
こうして、私には新しい仲間が出来たのよ。
ep.0 Fin
Special thanks to まるまつ、めび by めびさん
[2回]
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