「な、なにこれ~~!!」
鏡に映った姿を見た私は思わず叫んでしまった。
目の前にいるのは間違いなく私だよね?
手を上げれば、ちゃんと鏡像も手が上がる。
足を組むと鏡像も足を組んでいる。
んぺっと舌を出せば、鏡の中でも舌を出している。
・・・って、よく見ていたら、なんかむかついてきた。
間違いない・・・
OK、鏡に映っているのは確かに私だ。
でもどうしてこんなにちんまくなっちゃったんだ?
「それはだな・・・」
かたわらにいた医師団とおぼしき白衣の一人が口を開いた。
どうやら執刀したのは彼ららしい。
「キミは、ここに運ばれてきた時に体表の70%以上に損傷を受けておった。特に、両手、両足の損傷はひどく、普通の回復術では補えないほどダメージを受けていた・・・」
そうだ・・・、思い出した。
私は仲間との狩りの途中で、自らのミスで火だるまになってしまったんだっけ・・・。
そして、冒険者に残された最後の手段、つまりログインゲートを使用して逃げ帰ってきたってわけ。
ゲート管理官は驚いただろうね。
ゲートが開くと同時に炎の塊が飛び出してきたのだから・・・。
「そこで我々は、損傷した部分を出来るだけ取り除いた上で、バイオニック組織を移植し補完した」
白衣の男は続けた。
えっ、な、なに?バイオニック組織移植?
なんか、むか~~し昔に、テレビの海外SFドラマでそんな名前聞いたことがあるような・・・。
「結果的に全体としては手術前の85%の回復を見ることが出来た」
「85%というと・・・?」
「身長、体重全てにおいて85%だ」
え~と、私、事故の前までは身長は168cmだったから・・・えええ、身長142.8cm!
体重は・・・。おっと、危ない危ない・・・これこそ最高機密(トップシークレット)
それにしても、実年齢とのギャップ考えたら「痛い」どころではすまない容姿だなぁ。
だって、目の前の鏡に映っているのは、小学生、しかも小学校低学年くらいの少女なんだよっ。
でも、変わっていたのはそれだけではなかった。
腰まであった自慢の艶やかな黒髪は、ちりちりになって無造作に左右で結ばれていた。
思わず摘んで毛先を見て、
(これって、トリートメントすれば元通りになるのかしら?)などと余計なことを考えてしまった。
話す声も、いくぶん高くなった気がする。
聞きようによって若返ったと言えなくもないかな。
「ところで、バイオニック組織移植って、両手両足に?」
「ああ、キミの両手両足は、以前に比べると飛躍的に性能が強化されているぞ」
一番年かさの医師が答えた。
「へぇ・・・」
「なんじゃ、その疑わしいまなざしは?そうだな・・・そのベッドの横にあるバスケットに卵が入っている・・・」
「卵?」
おそるおそる卵を手に取ってみる。
「ふむ、そんなに気を使わなくても大丈夫じゃ、それはゆで卵じゃからの」
「なんだ、それなら早く言ってよ」
「そのゆで卵をできるだけ早く剥いてみなさい」
「うん・・・」
私は、コンコンとテーブルの角に打ち付け、ひびがはいったの確認すると、一気にゆで卵を剥き始めた。
「・・・できた!」
「2秒6!」
医師はストップウオッチを見ながら言った。
「それで・・・?」
「どうじゃ、早くなったじゃろ?」
「そ、そうなの・・・?」
「そうじゃ、器用さ2割増しじゃぞ?」
「で、これは何かメリットがあるのかな?」
ジト目で医師を見ながら尋ねた。
「何を言っとる!食堂でバイトする時に役立つだろうが!」
私は無言で、持ってた卵を医師の顔に投げつけた。
別の医師が、ボールを持って入ってきた。
「今度は私から、両足の性能について説明しよう、このボールを・・・」
「ああ、これってアレでしょ?眼鏡の少年探偵みたくキック力が増強されていて、蹴ったボールで敵を倒すとか・・・?」
「ふむ?なにをマンガみたいなことを言っておるのかね?これはだ・・・」
鼻白んだ表情の医師は、私の足下にボールを転がした。
「上に乗ってみたまえ」
「そんなの無理に決まってんじゃないの!」
「大丈夫!」
自信ありげな医師の言葉は信じられなかったけど、片足を乗せ、もう片足もこわごわ乗せてみたら、なんと医師の言葉通り、ボールの上に立つことができた。
「へぇ~~驚き!すごいバランス能力ね」
「そうだろう!」
若い医師は満足げに頷いた。
「それで、この機能はどう役に立つのかしら?」
「ふむ・・・」
首をかしげながら、
「高いバランス能力を生かして・・・」
「うんうん」
「サーカスの玉乗りに挑戦するとかかな?」
「いっぺん死んでこ~~~い!!」
サッカーボールごと蹴りだした。
肩で息をする私に、医師団のリーダーが声をかけた。
「どうかね?新しい能力には満足できたかな?」
「満足できるワケがないでしょっ!魔術師にとって役立つ能力じゃないじゃん!例えば詠唱速度があがるとか・・・そういう機能アップならともかく!」
「ああ、それなんだがな・・・」
医師は申し訳なさそうに
「残念な知らせがある。実は、キミの記憶領域をスキャンしてみた結果、呪文がすっかり消えていた・・・。これはおそらく火傷をした際の記憶が呪文の使用を無意識のうちに拒絶しているからだと思われる。つまり・・・」
「えっ・・・?」
な、なに・・・?意味わかんない?
それってどういうこと?
それまで、おちゃらけているだけかと思っていた医師団は、俯いたり、あっちの方向を向いたり、ゆで卵を見つめたり・・・。みんな、私のこの先がわかちゃってるの?
「呪文使いとしてのキミは終わった・・・と言わざるを得ない」
申し訳なさそうにそう告げる医師。
「ガーン」とは言わなかったけど、結構大きなショックはきた。
呪文が使えないなんて・・・、そんな・・・魔術師失格じゃん・・・
「回復したら、呪文を使わない職業に転職した方がよいかもしれんの」
「・・・そうね、考えておくわ・・・」と笑顔を作ったつもりだったが、鏡に映ったその顔は、全然笑顔じゃなかった。
(なによっ!器用さ上がったんじゃなかったのっ!)
医師団が去った後、ベッドにもぐってしばらく泣いた。
★
そんなやりとりをした後、しばらくしてから私は病院を退院した。
どん底まで落ち込んだ気分も、生来のポジティブさが幸いしたのか、長くは続かなかった。
(これって、ある意味、自分の人生をやり直す機会を与えられたってことじゃない?)
そう、前向きにとらえることにしようと思ったんだ。
魔法を使えなくなったショックというわけではないが、私はこれまでのことは白紙に戻して、新しい人生を歩もうと心に決めていた。
そして名前も改めた。
リハビリ期間が終わる頃から、盗賊を目指して修行を始めたの。
なんで、盗賊かって?
以前に比べると2割増しになった器用さとバランス能力を最大限活かすことを考えた結果、それが一番いいかなと思ったから。
それに、レオタードに身を包み屋根から屋根を跳び歩き、財宝を頂くなんて、なんか格好いいじゃない?
盗賊になるためには風来を経なければならないとのことで風来の親方(?)に再就職し、ナイフの使い方や鍵作成について、みっちりと叩き込まれたわ。
ちりちりに焦げた黒髪が、つやはともかくとして元の長さに戻る頃、ようやく風来マスターの称号を手に入れることが出来た。
そしてハワーク神殿で転職の儀式を終えて、ようやく盗賊になれたんだけど、この辺の話は割愛ね。
長くなりそうだし、みんな、なんとなく想像つくでしょ?
こうして、暇なときには鍵職人、しかして実体は難クエストの支援を行う「ゆかりこ」改め「慧さま」が誕生したってわけ。
後篇に続く
[3回]
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